第52話
モロッコへ

ついにモロッコ上陸!初アフリカである。スペイン最南端アルヘシラスから、モロッコ最北端タンジェまで船で2時間半。モロッコ人ガイドによる半日ツアーである。集合場所で待っていると、同じツアーに参加するらしき男に声を掛けられた。チリ人のカルロスで同い年の好青年だった。船の中では隣に座り、いろいろな話をした。旅が好きで、いろんな国を見て歩いている。
「アドベンチャーだ!」
彼は、ことあるごとに“アドベンチャー”(冒険)と言った。ノートを取り出し、旅日記を綴り、上手く絵まで描いていた。
「日本にも行きたい。チリにも是非来て欲しい」
そう言って目を輝かせた。

タンジェに着くとすぐに税関でパスポート検査がある。ガイドに言われて皆がパスポートを取り出した。僕の目の前にいた白人夫婦のパスポートを何気なく見ていたら、そこには「Suomi」という文字があった。ウソ?!ホント??スオミ?エッ?ホントに?話し掛けようかどうしようか逡巡する間もなく、頭より先に僕は話し掛けていた。スオミとは、フィンランド語で「フィンランド」を意味することを、この北欧狂いの僕が知らぬはずがない。
「あの、すみません、フィンランド人ですか?」
すると30代前半と思しき夫婦は、にっこりと笑って「そうですよ」と答えた。なんと!
「あ、あ、あ、あの・・・あ、あのですね、僕、フィンランドが大好きなんです!!!フィンランドに狂ってるんです!・・・まだ行ったことないけど」
「まぁ・・・」
フィンランド人は控え目な人が多い。僕のあまりの興奮ぶりに彼らはビックリしつつも、優しい微笑みを僕に投げかけてくれていた。

パスポート検査が終わり、バンの中に乗り込むや否や、僕は2人の側に座り話し出した。
「もう、本当にフィンランドが大好きで、フィンランド語を習いたいんです。毎年夏になるとフィンランドの大学では無料の語学講座が開かれるのに、今年は運悪く初心者はダメって言うんですよ。でも、フィンランドには絶対に行きます。あ、僕、今フランスに留学中なんですけどね、夏に帰国するのでその前には行こうと。そうそう、スウェーデンに友達がいるんですよ。だから、スウェーデンとフィンランドに行こうと思ってまして。あ〜、それにしてもフィンランド語の語学講座に行きたかった〜」
「フィンランド語なんて勉強してどうするの?役に立たないよ」
「いえっ!そんな問題じゃありません!」
「そもそも、なんでそんなにフィンランドが好きなの?」
「きっかけは小学生の頃に、好きな歌手がフィンランドで録音したアルバムを出して、そのブックレットの美しさとか音の響きに感激したんです。それ以来、ずっとフィンランドを夢見てます。愛読書が“フィンランド留学記”で、ユヴァスキュラでの1年が描かれてるんですよ。もう何百回読んだか分かりません」
夫妻が1話すと、僕は10答える感じで会話は続いた。「なんでそんなにフィンランドを・・・なんでそんなにフィンランド語を」と言いつつも、僕の熱狂ぶりを喜んで聞いてくれた。そして、ついに彼らの口から、待っていた言葉が・・・。
「夏に来るんだったら、是非トゥルクに来て下さい。案内しますよ」
ウッソー?!ホントに?社交辞令ではないようだった。連絡して、と言って名刺をくれた。旦那さんはトゥルクの大学で教鞭を取っている人だった。トゥルクはフィンランドの西にある古都で、スウェーデンの首都ストックホルムから毎日船が出ている。ストックホルムの友人宅に泊めてもらってからトゥルクに行けるぞ・・・と思わず顔がほころんだ。
「トゥルクのことは、“フィンランド留学日記”にも書いてあるので知ってますよ。スウェーデン語が公用語になってるんですよね。トゥルクのスウェーデン語名はオーボ。シベリウスの出身地。僕、シベリウスが作曲した“フィンランディア”が大好きなんですよ」
フランスでも散々北欧人を探したが出会えず、モロッコ到着早々、チリ人のカルロスに続き、こんなにいい出会いがあるなんて!

さて、タンジェである。港町タンジェ。この町の治安がとても悪いなんてことを、当初僕の知識にはなかった。モロッコ人のおっさんが引き連れて、7〜8人のグループで歩いているので特に危険なことはなかったが、ガイドブックに書いてあった通り、歩いているといろんな人が付いて来て押し売り攻撃。特に民家の辺りを通ると大勢の子供たちに注目される。そして何処に行っても、僕の顔を見た子供たちからは「サヨナラ!サヨナラ!」と声を掛けられる。どういう意味か分かってるんだろうか?

ほんの数時間の滞在なので、ちょろりと町を巡るスケジュールになっている。ヘビを使った芸を見たり、ビーチを見たり、散策したり。ラクダに乗る体験コース付き。しかし、これは別途料金がかかる。まぁ、ほんの何百円かの話ではあるのだが、なんでラクダの背中に数秒乗っかるだけでお金を払わなきゃならんのだ?と思うと、乗る気がしなかった。盛んに盛んに盛んに勧められたが断った。でも、たったの数秒であれ、たかが数百円のこと。この先ラクダに乗ることなんてまず有り得ないのだから、乗っておけば良かったかなとちょっぴり後悔。何にでも興味津々のカルロスは乗り、「アドベンチャーだった!」と興奮していた。

ランチはレストランでのクスクスとミントティーが用意されていた。いまいち口に合わず。カルロスは美味しい美味しいと言って、目を輝かせていた。眩しい旅人だ。きっとこういう人と旅をしたら、新たな発見が一杯あって楽しいことだろう。

レストランの2階の窓から見えるモロッコという国の喧騒と生活臭。多くの人がこの国に興味を抱いてやって来る。ことにフランスにいると、モロッコは身近に感じることさえある。マラケシュやフェズはどんなところなんだろう。砂漠にも行ってみたい。でもタンジェはもういいや。さして心が躍らない。危険な香りがプンプン。港町タンジェ。

買い物の時間には、絨毯屋にも寄った。買う気など全くないが、向こうは商売だ。欲しいとも思わなかったが、買ったところで一体どうやって持って帰るのだろうという疑問も湧く。もし郵送の手配を取るとしても、果たして無事に届くのだろうかという疑念も湧く。

夕方前になってまた船に乗り国境を越え、スペインはアルヘシラスに戻った。喧騒から戻っても、まだ気が休まらないこの町。明日はアンダルシアへ早々と引き返そう。

港でカルロスとは熱い握手を交わし、フィンランド人夫婦とは夏に会う約束をして別れた。アフリカでの熱い出会いが、胸を熱くしていた。

第53話につづく

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