第53話
長い旅路

2月10日(水)。スペインに来て早くも10日目。少しスペイン語に疲れてきた。言葉が通じない国での1人旅というのは初めてである。

朝のうちにやっとこさ脱アルヘシラス!
「ったく嫌なところだった」(注:当時の日記に書いてある一文)
美しくもなければ治安も悪く、疲れもどっぷり。そしてバスで北上、向かった先はアンダルシア地方の中心都市セビリア。フラメンコの本場である。あー!明るくて陽気で美しい街だ!意気揚々と街中を歩き回った。スペイン最大と言われるセビリヤ大聖堂は正に圧巻で、昨日までの旅の疲れを癒してくれるようだった。

夜はフラメンコのショーを観に行く。道に迷い、仕事帰りであろう中年女性に道を訊くと、その場所までわざわざ案内してくれた。初めて観るフラメンコ。体全身からほとばしる、真っ赤な「情熱」。狂おしく切ないその踊りはあまりにも迫力があり、息をつくのも忘れるほどである。鍛え上げられた肉体で表現する芸術は、正に「美」。この芸術鑑賞と赤ワインがとても良く合う。

宿泊したユースホステルはこれまた綺麗で、同室のアメリカ人とスペイン人(カタルーニャ出身)と3人で会話をした。1人旅はずっと無言。気ままなのはいいが、どんな感動も分かち合えない。人見知りである僕が、まさか「ああ、早くユースに行って誰かと話をしたい」などと切望するようになるなんて思ってもみなかった。1人旅は新たなる発見を与えてくれるものだ。

翌日はスペイン観光最終日。アルカサル(スペイン王室の宮殿)と、スペイン広場(1929年にセビリアで開催された万国博覧会「イベロ・アメリカ博覧会」の会場施設として造られた)の美しい建築に機嫌を良くした。最後の締めくくりが、この陽気で美しき街セビリアで本当に良かったと思った。終わり良ければすべて良し。

しかし・・・。

夕方セビリアを発ち、長距離バスに揺られてバルセロナに向かった。朝着いて、昼過ぎにはフランスへと戻る列車に乗るつもりでいた。大好きなバルセロナで、最後にまたバルに行き、タパスで楽しもうと思っていたのにも関わらず、駅の窓口で「10時20分の電車に乗れ」と言われてしまう。セルベール乗り換えであることは分かったが、時間のことや乗り換え後のことについて訊こうしたら、英語もフランス語も話さない駅員に「セルベールに着いたらフランス語で訊け」と片言の英語であっさり言われ、苛つきながら僕はホームに向かった。言われた通り3番ホームに行ったのだが「Out of Service」(運転休止)と出ている。引き返し、先程の感じ悪い駅員の隣の窓口に行くと、目ざとく僕を見つけた先程の駅員が「チケットを取れ!3番ホームに行け!」と怒鳴っている。結局僕はまたその短気オヤジ駅員のところに再び回され、「Out of Service」である旨を言ってどうなっているのか訊こうと思っても、「Out of Service」という英単語の意味が分からないようだった。3番ホームに行けとしか言わない短気オヤジと堂々巡りをしているところに、2人のビジネスマンが英語で助けてくれた。

列車は30分遅れとのことだった。短気駅員とのバトルに火が点き、チケットを破り捨てそうになったが、思い留まった。プンプンしながら列車に乗ると、たまたま近くに座っていた日本人青年に話しかけられ、しばらく話しているうちに落ち着いてきた。セルベールに昼頃着き、次の電車まで2時間半の空きがあったので、町に出て昼食を摂った。出てきたのはまるで電子レンジでチンしたかのようなチキンとポテト。それにしても、人っ子ひとり歩いていない国境の町。そこから1時間かけてペルピニャンに行き、1時間待ち、2時間かけてモンペリエにやっと辿り着いた。そこから夜行列車に乗れば翌朝ブザンソンに到着する。モンペリエでは3時間待ち。長い長い旅路だ。ブザンソンからバルセロナに行く時は、たった1度の乗り換えだったのに、帰りは列車の遅れが原因で3度も乗り換え、乗り換えの駅に着く度に待たされる。丸一日移動である。

やっとこさモンペリエ発の夜行列車に乗ったが、あいにく寝台は満席。普通の椅子席で寝る。明け方4時55分にはブザンソンに到着しているのだ。ところが、ハッと目が覚めて時計を見たら、なんと5時15分!とっくにブザンソンなど通り過ぎていた。慌てて出口のところに行き地図を確認するも、今何処にいるのかさえ分からない。近くにいたフランス人に訊いても「分からない」の一言で終了。5時45分にサンス駅到着。乗っていても仕方がないので降りた。駅の窓口に行ってブザンソン行きの切符を買おうとしたら、僕と同年代の男2人組が窓口にかじりついていた。
「ブザンソン行きの切符を2枚下さい」
なんと、偶然にも僕と同じく寝過ごしてしまったらしい。すかさず彼らに声を掛け、共に次の電車を待つことにした。待つこと2時間40分。ディジョンまで2時間かけて行き、そこから更に1時間電車に揺られて、やっとやっとやっと我が愛しのブザンソンに到着した。

長かった・・・。早朝に着いてるはずが、既に昼になっていた。

第54話につづく

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