第65話
「トラブルメーカーの謎」

帰国まで1ヶ月を切った。僕はコーラスのスプリング・コンサートに向けてのピアノ伴奏とは別に、ミュージカル「アニーよ銃をとれ!」の音響係としてキーボードを弾くことになっていて、連日の慌しさに目が回るようだった。このミュージカルは、学校の「演劇」の授業を履修している人たちが出演するもので、僕は無関係だったのだが、ケネディー先生がキーボードを弾くことになっていて、僕もそのサポートをすることになったのだ。日本でも有名なこのミュージカルを僕は知らなかった。でもいい曲が沢山使われていて、興味深いミュージカルと知り、日本に帰ったら日本語で観てみたいと思った。

ニューヨークに一緒に行ったサル顔ウェスリーも出演していて(衣装やメイクで、よりサルっぽく見えた)、このミュージカルが縁でウェスリーの友達シャエンとも親しくなった。実際には、親しくなりかけた、だけだが。シャエンは明るく、人当たりが良く、面白い奴に見えたのだが、とんでもなくいい加減な奴で、僕は帰国まで1ヶ月を切っているというのに、何度となくイヤな思いをさせられた。今度一緒に遊びに行こうという話になった時、ケネディー先生にそれを話したら、浮かない顔をして「彼はクレイジーな奴で、とんでもないトラブルメーカーだよ」と言った。その忠告を最初から聞いていれば良かったのだが、にわかに信じられず、連日のリハーサルで僕たちはよく話をした。

ミュージカルは5月12日と13日の2日間あったのだが、13日(土)の本番前、ウェスリーとシャエンと3人でモールに行くことになった。当日になってウェスリーは行けなくなり、シャエンに電話したら「問題ない」と言いつつ、少し経ってから電話してきて「母親がアトランタに行ったから少し遅れる」と伝えてきた。3時頃に電話すると家族からシャワー中だと言われた。5時になっても何の連絡も来ず、仕方がないのでベリンダに車で途中まで送ってもらい、ケネディー先生と待ち合わせて学校に向かった。すると、シャエンが既にいるではないか!
「3時に掛け直したんだけど、いないと言われたよ」
それは嘘である。電話など掛かってこなかった。

ある日の放課後は、言われた通りに学校の玄関口に行ったのにシャエンはいなかった。スクールバス乗り場に行くと、なぜかそこにいるではないか。「ウェスリーが車で送ってくれるはずなのに、忘れたのかもう彼は帰ってしまったみたいだ」と言う。僕のバスはもう行ってしまっている。シャエンのバスに僕は乗れないと言う。途方に暮れてしまった。ウェスリーに電話しても留守だし、ケネディー先生もいない。4時になってシャエンの家に電話すると、父親が出て4時15分頃に帰って来ると言う。4時15分に電話すると「シャワーを浴びてる」、4時半に電話すると「もう出掛けた」。ケネディー先生に電話をし、学校まで迎えに来てもらった。5時を過ぎてもシャエンは現れなかった。再度シャエン宅に電話をすると、やはり父親が出て「ウェスリーの家に行った。彼と教会に行くことになってるようだ」と言う。ウェスリーに電話すれば「そんなの知らない」と言う。6時前、ケネディー先生宅に電話が掛かってきた。シャエンからだった。先生は、「コウはもうすぐ帰国するというのに、君は一体どういう神経で、彼をこんな目に遭わせるんだ?」と叱った。そして僕に電話を代わり、シャエンは言った。
「君は僕の両親にまず会わなければならない。僕も君のホストファミリーに会わなければならない。何か起こった時のために。だから、ウェスリーなしで運転して君を車に乗せることも出来ない。・・・けど、マイフレンド、ウェスリーとも僕とも友達でいてくれ」
そう言って謝った。

シャエンの言動はとにかくおかしなことだらけだった。いつも辻褄が合わないのだ。そして終いにはウェスリーを引き合いに出し、「彼の言ってることがおかしいんだ。彼はクレイジーだよ」などと言う。遊ぶにはまず両親に会わなければならないと言いながら、その機会はいつも流れ、ある日「両親に会わなくても遊べるようになった」と言い出した。それでも電話をすると、学校での陽気さが嘘のように暗い人になって、随分と話しにくい感じがした。「後で掛けなおす」と言い、掛け直してくることはなかった。

遊ぶ遊ばないの話を除けば、彼は陽気で楽しく、冗談も通じるしよく笑い合える「いい奴」に見えたが、家庭内で何かあるのだろうか?と僕は思い始めていた。電話で話す時の声のトーンや、辻褄が合わない言動からして、何か釈然としないものがあった。ある時、シャエン宅に電話すると、彼の兄が出たようだった。
「こちらコウですが、シャエンいますか?」
「ちょっと待って」
保留ボタンを押さずに、シャエンの兄はすこぶる馬鹿にした口調で、しかも笑いながらシャエンに告げた。
「ジャパニーズ!」
明らかに、日本人軽視をしているような口ぶりだった。そしてシャエンが電話に出ると、いつもの暗いトーンで、
「後で掛け直す」
と言うので、「そう言いつつ、いつも掛け直してこないじゃん!」
「いや、掛けるよ」
「絶対?」
「絶対」
そして、電話は掛かってこなかった。その時点で、学校は既に終わっていたので、僕たちが話すことも会うことも、もう二度となかった。電話に出る彼の家族は皆いじわるそうな口調だった。更には「ジャパニーズ!」と言って変な笑いを響かせ、学校では明るいシャエンはまるで二重人格のように変わる。何がどうなのか、一体何が問題なのか、突き止めることは出来なかった。帰国直前の苦い思い出である。

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