第54話 「ニューヨーク」 |
3月30日(木)、いよいよニューヨークに向けて出発である!この日をどれだけ待ちわびていたことか!全米の高校生が集まって、カーネギーホールでコンサートをする、そんな経験が出来るなんて思いもしていなかった。それに一度は行ってみたいと思っていた、大都会ニューヨーク。どんな旅になるのか、僕はワクワクしていた。 その日は普通通りに登校し、夕方5時過ぎにまた学校に舞い戻った。ジョージアから、なんとバスでニューヨークに北上するのである!夕方出発して到着するのは翌朝だ。途中、夕飯を摂る為に、ファーストフードが建ち並ぶところに寄った。僕とフィリップは他の仲間と共に食べた。日本食の話になり、僕が、 「フィリップはスシが嫌いなんだよ」 と言うと、 「好きだよー!!!」 と強く主張したが、はてはて・・・。 3月31日(金)、朝バスの中で目が覚めると、既にそこはニューヨークだった。中学生の頃に行ったロサンゼルスとも、アトランタは近代的だが、ニューヨークは古い建物が建ち並び、全く違う雰囲気に僕はいささか興奮していた。ホテルに着き荷物を置くと、早速リハーサル開始。ケンタッキー州の大学で合唱を教えている先生の指揮のもと、厳しい練習が始まった。全米から集った高校生グループが何校かずつ合体し、いくつかのグループに分かれていた。僕たちのグループは全部で7曲歌う。しかもコンサートのトリである。 夜はブロードウェイ・ミュージカル「オペラ座の怪人」を観に行った。「オペラ座の怪人」専用の劇場というだけあって、スゴイ作りだ。僕たちは随分と高い位置から見下ろす席だった。5階席くらいだろうか?当時の僕は、このタイトルこそ知っていたものの、どんな話なのか知識もなく、更に話されている言葉はさっぱり理解出来ず、歌になればなったでもっとちんぷんかんぷんで、眠りの世界へと誘われていった。あの有名な音楽だけは耳にこびりついていたが・・・。全てが終わった後、隣に座っていたフィリップの父親に「全然理解出来なくて眠ってしまった」と話すと、 「私も同じだよ。話されている言葉が古いから、アメリカ人でも理解出来ないよ」 と言うので、心なしかホッとするも、やはり損した気分は否めない。 4月1日(土)、日中はずっとリハーサル。僕の右隣にフィリップがいて、左隣にはウェスリーがいた。ウェスリーはサル顔のひょうきん者で、休憩時間になると僕にヘンな英単語を教えたり、何かといたずらをしかけてきて、3人して笑いが絶えなかった。この笑いは、僕にとっては練習中も続いていた。ウェスリーはすこぶる音痴で、たまにしか音が合わないのだ。全く以って耳障り! 僕のすぐ前に、日本人らしき少年がいたのでずっと気になっていた。日本人だろうか?中国人だろうか?それとも韓国人?・・・と思っていたところにフィリップが「前にいる人は日本人?」と訊いてきたので、「たぶん。でも分からない。訊いてみてよ」と、自分で訊けばいいものをフィリップに頼んだら、「OK」と、あっけなく訊いてくれた。 「エクスキューズ・ミー、君は何処から来たの?」 「フロム・ジャパン!」 すかさず僕は、「あ、日本人なんだ!」と日本語で言った。彼は神戸出身で、折りしも先の阪神大震災でガールフレンドが亡くなってしまったとあっさりとした口調で語った。このコンサートに参加している中に、もうひとり日本人がいた。沖縄出身で、日本の高校を辞めてアメリカの高校に入学したと言う。三者三様の留学事情があった。僕たち日本人3人はすぐに打ち解け、久しぶりの日本人対面に興奮しながら、いろいろと話をしたが、その後会うことも連絡を取り合うこともなかった。(もう顔も名前も覚えていない) 夜は、当時世界一高いビルとして有名だったエンパイヤー・ステート・ビルに行った。86階の展望台で写真を撮っていると、フィリップが僕のパノラマ機能付きカメラを見て、「それ日本製?」と訊いてきた。当時、パノラマ機能付きカメラはアメリカでは出回っておらず、何かと珍しがられたものだ。フィリップは普段、(冗談で)何かと日本をけなしてくるので、ここぞとばかりに、 「そうだよ!これは日本製。日本製のものって何でも素晴らしい!」 こう言い返したのだが、珍しく対抗してこなかった。数分後、エレベーター待ちしていた時、僕はフィリップ親子から少し離れたところにいたのだが、フィリップがふと僕に向かって訊いてきた。 「コウは日本の方が好きなの?(Do you like Japan better?)」 比較級で質問してきているのに、“何”と比較しているのかを言わなかったが、それは明らかに“アメリカと比べて”ということである。いつもの“腹立たしい”質問なのに、その時、僕は腹が立つどころかドキッとした。さっきのカメラ発言を受けての質問だろうか?どことなく寂しげで暗い表情で訊いてくるので、僕はいつものように「は?自分の国が一番好きなのは当たり前!」という強気なことがなぜか言えなかった。 「どっちも好き・・・(I like both.)」 取り繕うようにそう答えると、フィリップはくるりと向きを変え、前を向いた。 エンパイヤー・ステート・ビルを後にし、僕たちはスケート場に行った。が、僕は大してやりたいとも思わなかったのでケネディー先生たちと何ともなしに見ていた。でも退屈である。「やればいいのに」と言われても、あんなに大勢の人たちの中でやろうとは思わなかった。ふと見たらフィリップも退屈そうにしているので声を掛けた。 「スケートしないの?」 「やらない。足怪我してるし。一足先にホテルに戻るよ」 僕も大層退屈していたので、一緒にホテルに戻ることにした。ホテルまで歩く道すがら、キャス高校に来る前は何処に居たのかという話になった。ホテルに着き、エレベーターを待っている間、僕は初めてフィリップにホストチェンジのことを話した。 「ルイスヴィルではホストファミリーとうまくいかなくて」 「何があったの?」 「話せば長くなるんだけど。要は、僕が彼ら(ホストファミリー)のことを好きじゃなかった。・・・というか、まぁ、彼らも僕のことを嫌ってたんだけど」 「なんでっ?!」 フィリップの顔が急に曇った。さっきの、エンパイヤー・ステート・ビルのエレベーター待ちで見た時と同じような、寂しそうな表情をした。エレベーターの前に立つと寂しくなるのだろうか? なんでと問われても答える術がなく、僕はたった一言で片付けた。 「僕がバカだったから(Because... I was stupid.)」 何ともおかしな、意味不明な返答だった。でも僕は当時を思い出し、切ない思いにかられてしまった。そして、フィリップはふとした時に、ぞっとするような暗い表情を隠さないことに、僕は気がついていた。 いよいよ翌日は、カーネギーホールでのコンサート当日!この留学のハイライトになるだろうと僕は思っていた。 第55話へ |