第41話
「少しずつの変化」

コロラドから戻り、年が明けて学校には皆より2日遅れで登校した1月5日。16日振りの学校。精神的な重さから抜け出せず、体は疲れていて、頭痛が続いた。地に足が着かず、体がふわふわと宙に浮いているかのような感覚があった。コーラスのケネディー先生に、短い手紙を書いた。内容はホストファミリーについてだった。コーラスの授業の時にそれを渡し、午後のフランス語の授業が始まる直前にケネディー先生が来て、「今日は時間があまりないから明日話をしよう」と言われた。

翌日、先生は授業があるというのに、20分以上もオーバーしたまま話をしてくれた。
「皆、君のことを好きだし、君は大丈夫だ。ホストファミリーだって君のことが好きだから、そういうことを言うんだよ」
それは頭では理解出来ても、心で理解することはなかなか難しかった。PIEからは、ホストファミリーについて地元の人に相談したり悪口を言ったりすることを禁じられていた。留学生は1年で去るけれど、地元の人たちはずっとそこに住み続けるのだ。だから、相談する場合はエリアレップにするようにと言われていたのだが、エリアレップとベリンダはしょっちゅう電話連絡を取り合っていたこともあり、どのようにしてベリンダの耳に入るのか分からず、エリアレップに話すことはためらわれた。僕にとってはもはや、エリアレップはただ形だけの存在にしか過ぎず、身近にいて信頼出来る人に相談するしか手立てがなかった。

その次の日は土曜日で、夜、メキシコ料理を食べに行った。デニーとベリンダの友達も来るから、沢山喋ろと忠告されていた。でも僕は最初何も話せなかった。いい加減「喋ろ」と言われることにはウンザリしていた。ベリンダは僕のスキー話で皆を笑わせ、デニーは「コウは遊ばない。学校でコミュニケーションをとらない。友達もいない」と言い、僕を傷つけた。学校でコミュニケーションもとらず、友達もいない、なんて何を根拠に言っているのだろう?と思った。僕は既に、学校ではよく喋る人になっていたのに。食事の間、僕はますます無口になっていた。しかし、後からデニーが「コウはいい奴だ」「コウのことは誇りに思ってる」と言っているのを聞き、嬉しい思いだったが、それでも、
「コロラドで会ったコウの友達カナコという女の子は、コウよりも面白くて、コウより英語が上手で、コウよりも良い」
と言い出し、もう何とでも言ってくれ!という思いになっていた。段々、心が傷つかないように、鎧が出来ていくように思えた。

しょっちゅう「おとなしい」と言われながら、日々が淡々と過ぎて行った。体調もいつの間にか良くなっていた。去年のクリスマス・コンサートで初めて話したフィリップとは、同じ授業も取っていなければ、ランチの時間も違ったのに、廊下ですれ違うことが多く、よく話すようになっていた。

この頃、ベリンダのダラスに対する虐待がなくなっていることに、ふと気がついた。相変わらず口調が厳しかったりするのだが、ベルトで叩く音は随分と聞いていない。ベリンダの機嫌がすごく良かったある日、ダラスと話している2人の姿が、本当の親子に見えたこともあった。

エリアレップはロレインからデニスに変わった。デニスとは、ジュリアナのホストチェンジの際に会っている。久しぶりにロレインから電話がかかってきて、話をしたら、
「あなた、英語が凄くうまくなったわね!」
と言われ驚いたと同時に、物凄く嬉しかった。自分の英語力がどれだけ進歩しているのかというのは、自分では全く分からないのだ。普段そばにいる人たちも気付かないだろう。こうして久しぶりに話す人だけが、その上達振りを直接感じることが出来るのだ。

1月15日(日)は、午後、ベリンダが担当している留学生宅を回るということで、僕もついて行った。3軒の家に行ったのだが、広いジョージア州。移動するだけでも結構な時間がかかるのだ。ベリンダはこういう時、よく僕を話し相手として連れて回った。行く先々で、僕の自慢話をしていた。
「私たち、いい時間を過ごしてるわ。来年も日本人を受け入れたいと思ってるの」
などと至るところで言っていたが、「おとなしい」という常套句は忘れなかった。とある家で、いつものように「コウはおとなしくて何も話さないの」と言うと、そこの奥さんは笑い飛ばした。
「あらぁ!ウチの留学生だってそうよ〜!それに、彼が“話さない”のではなくて、私たちが“話すチャンス”を与えていないじゃないの〜!」
モノは考えようだと思った。ベリンダは返す言葉を失っていた。

ある朝、学校に行くと、フィリップが話しかけてきた。
「今から何か用事ある?」
スクールバスは授業が始まる30分以上も前に学校に着くので、僕はそれまでの間、何もすることがない。
「これからFCAのミーティングがあるんだけど行ってみない?」
何が何だか分からなかったが、何か面白いことでもあるのかと思い、意気揚々とついて行った。FCAはキリスト教関連のクラブで、教会のサンデースクールのようなものだった。毎週木曜の朝に集まって、ミーティングをするという。内容自体に大して興味はなかったが、友達作りのきっかけにでもなればと、僕は毎週木曜日の朝、フィリップと共に参加することにした。

少しずつではあるが、こうして僕の身の回りでは変化が起き始めていた。

この頃、僕は京都でひとり暮らしをする夢を見た。翌年それは現実になるのだが、予知夢だったのだろうか?

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