第3話
「渡された手紙」

オジーに渡された、ミルドレッドからの手紙には次のことが書いてあった。

1. 靴を履いたままベッドに寝るな。
2. 寝る時はベッドカバーをかけなさい。
3. 部屋は学校に行く前、いつも綺麗にしておきなさい。
4. ゴミ箱は一杯になったら空にしなさい。
5. 9時以降シャワーを使ってはいけない。
6. テーブルを綺麗にしなさい。食べたら皿を洗いなさい。
7. 宿題の後はテレビを観ても良い。
8. 土曜日を庭を掃除しなさい。

そして最後にサインをする欄があった。この手紙を受け取ったのは8月26日(金)。僕がルイスヴィルに着いたのが8月19日(金)なので、たったの1週間である。もう既に関係悪化は始まっていたのだ。これを読むと、僕がいかにも怠惰で汚らしくしていたかのように思えるが、この綺麗好きな僕が汚くするはずがない!部屋はいつも整理整頓をしていた。また、学校から帰るとぐったり疲れ果て、ベッドに横になったままうたたねしてしまったことがあった。その時は確かに靴を履いたままだったが、ベッドの中に入っていたわけではない。足は床にあったのだ。まさか、そこまで細かく言われるとは思いもしなかった。この日の朝、シャワーを浴びようとしたら、水しか出なかった。僕はミルドレッドに「シャワーを浴びたいのだけど・・・」と言ったら、「水は冷たいけど浴びてもいい」と言う。でも誰が水を浴びたい?なぜお湯が出ないのか訊いたら、訳の分からぬことをツラツラと述べた。僕は戸惑った。そして、明らかに不機嫌な顔で「だから!水は冷たいけど浴びてもいいってば!」と言うのだった。ミルドレッドはとにかく僕が一度で理解しないことに腹を立てるようだった。銀行に口座を開きに行き、説明がわからず「誰か日本語が出来る人いないの?」と言ったあの日も、ミルドレッドが一度説明して僕が理解しなかった時、銀行員に向かって「次、あなたの番」と言って、自分が説明をするのを拒んだのだ。

小さな部屋にはタイプライターがあった。僕はタイプライターに凄く興味を持っていたので、火曜日にそれを使わせてもらった。でも、翌日には消えていた。洗面所には僕の歯ブラシやヘアムースなどを置いておく、ちょうどいいスペースがあったのだが、いつの間にかそのスペースもない。僕が使うものはすべてどこかに消えていくようだ。そしてミルドレッドは口で説明することを拒み、手紙を書いてきた。しまいにはサインをしろと。この手紙に少なからずショックを受けた。しかし、こんなものが序の口であろうことは、その時点では想像もつかなかった。

コロラドに帰りたかった。忘れられなかった。あの明るい日々。ホストを変えたい。でも、まだ一週間しか経っていない。オジーは優しかった。僕を「息子」と言ってくれた。「コー」と読むと言っても、いつも「クー」に近い発音で僕を呼んだ。

いつかこの苦しみが雪に溶けるだろうか。ホストが何を考えているのか分からない。あともう10ヶ月、僕は本当にここで楽しく暮らせるのだろうか。でも、何人かの留学生候補の中から僕を選んだのは、このホストファミリー自身だったのだ。僕を選んでくれた、ということが心に引っかかった。きっとうまくやっていける、3ヶ月が経って英語にも慣れれば様々な誤解もとけ、分かり合えるだろう。そんな前向きな気持ちと、不安な気持ちと、悲しい気持ちで揺れ動いていた。

明日は週末だ。学校に行き始めて一週間が過ぎた。毎日毎日、学校から帰って来ると妙に疲れる。でも週末は恐ろしいと思った。友達のいない僕は、一日中ホストと一緒にいるのだ。明日は南ジョージアのサバナに行くらしい。ミルドレッドの息子と娘がいるのだ。どんな旅になるのだろうか。

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