第81話
ブザンソンとの別れ

6月22日(火)。イタリア旅行から帰った翌日は、早起きしてロンシャンへ。G市との交流会でお世話になったニコルが、車で連れて行ってくれた。ここには、世界的に有名な建築家コルビジェが、船をイメージして作った面白い形の教会がある。交通の便が悪いので、車でないと行けないところだ。

6月23日(水)。イタリアから帰ったばかりだというのに、アサミヤとムーコはギリシャ旅行へと旅立って行った。僕は、今日は再びはるをの家に居候。宿なしの僕は、友達がいなかったら、今月どうなっていただろう?ありがたいことだ。来月からはパリで夏期講座が始まるまでの、束の間のバカンスだ。

6月24日(木)。今日からTさん宅に居候。明日からTさんは一足先にパリに行くので、僕はブザンソンを去るまでの間、ひとりでTさんの部屋を使わせてもらうことになった。

6月27日(日)。昼はヨウコさん宅にお呼ばれ。ブザンソンで会うのはこれで最後だ。何度か食事に招待して貰ったなぁ。そういえばタイ人のウボンとの交流もここから始まったのだった。
※ウボンに関する愉快なエピソードはこちら

夜はカリム宅にお呼ばれ。ファブリスと久しぶりに会う。帰りに家まで車で送ってもらい、ブザンソンを去るまでに一度飲みに行こうと約束する。

6月28日(月)。夜、アパートをシェアしていたポールの保証人宅へお呼ばれ。というのも、ポールは僕よりも早く帰国してしまったので、アパートの退室チェックに立ち合えず、その際に不動産会社から請求されるお金を僕一人で負担することになった為、その半分をポールの保証人が支払ってくれる約束になっていた。ただそれだけの用事なのだが、親切にも夕飯に招待してくれたのだ。

ロータリー財団の奨学生として留学した場合、必ず一人保証人が付いてくれる。僕の保証人もそうだが、ポールの保証人もかなりお金持ちで豪勢な家に住んでいた。これまた料理もすこぶる美味しく、会話も弾み、楽しい一夜を過ごしたが、肝心の「支払い」の時は、さすがの僕も気が引けた。予想よりも額が高かったので、一瞬、向こうも「えっ?」という顔付きになった。僕が嘘をついているわけでも騙しているわけでもなかったが。無事に「支払い」もしてくれて、帰りは息子さんに送ってもらい、ちょっとだけ街で飲んで別れた。

6月29日(火)。明日パリに発つので、今日が実質ブザンソン最後の日。なのにも関わらず、僕は朝から激怒。銀行に口座の解約に行くと、未払いの小切手があるから解約出来ないと言うではないか!よくよく考えてみると、それは未払いなのではなく、小切手に記入する際にミスがあった為、捨てた番号が幾つかあっただけのことだ。しかしそれを主張しても、「請求が来るかも知れないから解約出来ない」の一点張り。
「けれど、その小切手は使ってないんです。だから請求は一生来ませんよ」
「でも分からないじゃない?」と、銀行員。
「ということは、僕は永遠にこの銀行の口座を解約出来ないってことですよね?!」
埒が明かない。結局、明日の朝また来ることに。やれやれ。

Tさん宅の近所に、いつも沢山のお客さんで賑わっているピザ屋があった。その店の前には、だらーんと寝そべっているシェパード犬「ベン」がいた。僕はしょっちゅう通ってベンを可愛がっていたので(食事はしたことなかったが)、店の人たちとも顔馴染みになった。いつか食べに来ようと思いつつ、結局その機会もなく、僕はブザンソンを去ることになった。先日撮ったベンの写真を渡しに、店まで行くと、とても喜んでくれた。
「何か飲んでく?」
その気持ちがとても嬉しかったが、あいにく僕はファブリスの家に夕飯を招かれていたので断った。寂しいから、いつも通りにしていたかった。
※エッセイ「名犬ベン、ひと夏の巡り合い・・・そして、別れ」に詳細が記してあります。

ブザンソン最後の夜は、ファブリスの家で食事をした。
「バカンスで来る時は、ブザンソンに寄ることも忘れるなよ!」
そして、僕はひとり、ブザンソンでの日々を思い出しながら、感傷に浸った。いろんなことがあったけれど、今となっては楽しかったことしか思い出せない。どうしてここを離れなければいけないのだろう。ずっとずっとここに居たいのに・・・。

6月30日(水)。ブザンソンを発つ前に、再び銀行へ。今日は昨日と違い、すんなりと解約の手続きに入れた。が、解約にあたり、250フラン(約5千円)必要だと言われ、またもや憤慨してしまった。
「なんですって?!なぜに解約するのに250フランも払わなければいけないんですか?おかしくないですか?そんなことってあります??」
昨日と同じ銀行員は、「ほら」と言って、書類を差し出した。
「ここに書いてあるでしょ?その250フランを私がネコババするわけじゃないのよ!」
渋々250フランを払い、憎々しい思いで銀行を後にした。それにしても、この銀行には来る度に怒りを覚えたものだ。いや、銀行だけではなかったな。電気、ガス、水道、電話、郵便、不動産・・・どこに行っても、腹の立つことが多かった。

昼、僕は9ヶ月間過ごしたこの愛しきブザンソンを発ち、パリに向かった。この町との別れを惜しむと淋しくなりそうで、感傷に浸ることを意識的に避けて、TGVに乗り込んだ。

第82話につづく

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