第76話
夜の無言

5月13日(木)。ディジョンに留学している同じ大学の先輩が遊びに来た。ブザンソンとディジョンは電車で1時間の距離。しょっちゅう会おう!なんて大騒ぎしていたのに、フランスに来てこれで二度目の再会。前回は10月、僕がブザンソンに到着してすぐに、ディジョンに遊びに行った時だった。久しぶりの再会ということで、話も尽きず、ブザンソンの町を散策しながら、ゲラゲラ笑い、昼の3時には帰ると言っていたのに、夜の8時に帰って行った。

それにしても、本来ならば明日、アンジェからイワデレがやって来るはずなのに、全然連絡がつかない。何やってるんだ?!しかも、明日、電話が取り外されるので何が何でも今日中に電話が欲しいのに、連絡がこない!

5月14日(金)。早朝に電話が鳴った。「アロー(もしもし)」と、僕が出ると、「もしもし?」と女性の声。やっとイワデレから来た!と思い、すっかり眠気も吹っ飛び、
「ちょっとー!ずっと連絡待ってたんだけど、今迄何やってたの?!」
と、一方的にまくしたてたら、
「待って待って、ちょっと、誰かと間違えてない?あたし、花子だけど!」
同じクラスのお姉さん山田花子だった(ちなみにこれはニックネーム)。全く無関係の人に怒りを炸裂してしまい、電話口で大笑いしてしまった。

イワデレからは3時になっても連絡が来ず。一体どこにいるんだ?ブザンソンには本当に来るんだろうか?悶々としながら、電話の取り外しの手続きをしに電話局に行った。すると、どうも話が噛み合わない。ひと暴れするハメに。電話局に来るといつも暴れて帰ることになる。まぁ、フランスの場合、電話局に限らず、電気、ガス、銀行、役所など、暴れる機会は多いのだが。殊更電話局では、僕以外にも、フランス人で暴れている人をよく見かけたので、僕が例外なのではない。以前と話が違うことや、人によって言い分が違うことも、はたまた明らかに先方のミスであることも、よくあること。でも、誰も「わたくしどもの手違いでした。大変失礼致しました」などと謝る人は、フランスの会社には存在しない。結局、電話の取り外しは今日ではなく、27日に延びた。

夕方、いつもの日本人メンバーが我が家に集い、豚のしょうが焼大会をした後、オペラ「カルメン」を観に行った。チケットを遅く取ったので、席はバラバラだったのだが、僕の席は最前列ど真ん中。禿げ頭をした指揮者の真後ろである。僕はかなり楽しみにしていたにも関わらず、開演して程なくして眠りの世界へと誘われた。ふと気付くと、隣に座っていた花子が、笑いながら僕の腕を突付く。結局、僕は最前列中央の、禿げ頭指揮者の真後ろで、大きな口を開けながら、首をぐらんぐらんさせて眠りっ放しなのであった。
「も〜、隣にいておっかしくておっかしくて!すんごい首を揺らしてるんだもん。2階席の人たちからも丸見えだったと思うよ。指揮者の真後ろだし」
花子は、舞台よりも隣の僕の寝相が気になって仕方なかったようである。

終演後、またもや我が家でトランプ。ハマりすぎ。

後日談:イワデレは結局、この日ブザンソンに来ていた。電話が取り外されることを伝えていたので、電話をせずにやって来て、でも結局電話が繋がらないと思い込み、散歩してそのままアンジェに帰ったそうだ。(今でも語り草となっているネタである)

5月21日(金)。後期ももうすぐ終わりで、テスト週間に入り、そして今月一杯でこのアパートともお別れ。とってもせわしない日々に突入している。学校も終わるというのに、感慨がない。この間も、夜中に泣きながら宿題を終えた。テストも恐ろしく、「早く自由になりてェ〜」と思う。

相変わらずトランプにもハマっている。今日はトランプの後、夜中の3時過ぎに花子と夜の城塞へと散歩に出かけた。なにゆえ?!若さゆえ。駅から見上げる城塞は、幻想的にライトアップされていて綺麗なのだ。そう、富士山も遠くから見た方が綺麗、ということをすっかり忘れていた。城塞に着くと、こんな時間に歩いている人がいて、すれ違う度にビビる。加えて、夜の城塞とは不気味なのだ。よくよく考えれば、ここで亡くなった兵士たちが沢山いたはずである。それを思うとおしっこ漏らしそうになるくらい怖いが、それを口にしたら更に怖くなると思い、黙っていた。夜景もさぞ美しかろうと思っていたのだが、とんでもない、それどころではなかった。

5月22日(土)。花子と、スイス人のエレンとでブザンソン観光。美術館に行った後、城塞の中にある博物館巡りをした。幾つかある博物館の中に、夜行性小動物の特別展示(?)があり、何も考えずに入ったら・・・ 真っ暗。しかも、それぞれのディスプレーには、小ねずみたちが走り回っている。大ッ嫌いなねずみ!!もう、気持ち悪いのなんのって!僕は一歩も進めなくなり、でも進まないと出口にも辿り着けない。何とかして先に進もうと思ったら、また横でスタスタスタスタと走るねずみたたち。思わず、「ワァ〜〜!」と大声を上げてしまった。
「どうしたの〜?」
と、通りすがりのフランス人のおばちゃんに笑われる。もう居ても立ってもいられず、目をつぶり、出口まで走って駆け抜けた。

あ〜・・・ドッと疲れが出た。

同居人のポールが旅先から帰って来た。相変わらず、仲の悪い、まるで仮面夫婦のような僕たち。
「そういえば、コウ、タバコ吸ってるよね?」と、ポール。
「それがどうか?」
「親はどう思うだろう?」
わたくし、もう21歳なんですが。
「別に、何とも思わないだろうよ」
「オ〜、フランスという国は、純情少年を変えちゃった〜」
なんだそれ!余計なお世話だ!

第77話につづく

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