第60話
ズルイ女に遭遇した後は感激の再会

シャンパーニュ旅行では思いがけず楽しい人たちとの出会いがあり、僕はとても満たされた気持ちで別れの朝を迎えた。親切にしてくれたホストファミリーや、一見派手で苦手だと思ったが実はとても優しくいい人だった日本人(医者の卵)、春休みはパリの図書館で勉強するという秀才(日本人学生)、謙虚で広い視野を持つアメリカ人学生など、ほんの2泊3日ではあったが、充実の時間を過ごすことが出来た。

しかし帰りの電車では、不愉快極まりない出来事に遭遇した。この旅行に参加したロータリー財団奨学生の何人かが同じ電車だったのだが、いかにもなアメリカ人女性が僕の近くに座った。若くは見えるが35歳だと言い、周囲を驚かせていた。物言いがあまり好感を持てず、僕はちょっとイラついていた時、車掌が切符の検察にやって来た。そのアメリカ人女性の切符を目にした車掌は顔をしかめ、身分証明書の提示を求めた。フランスの鉄道は25歳以下であれば割引料金が適用される。自動販売機なら25歳以下でも割引料金で切符を買うことは出来るが、車内での検察では必ず「Carte 12-25」(12歳〜25歳用の割引カード)か身分証明書の提示を求められることになる。くだんのアメリカ人女性が何を血迷って25歳以下割引の切符を購入したのか知らないが、身分証明書の提示を求められて、明らかに狼狽していた。フランスでは無銭乗車など、規則に違反した場合は高額の罰金を払うことになる、という避けられない事実を知らなかったのだろうか?
「えーと、身分証明書ね、あの・・・あるんだけど、ちょっと探さなきゃいけないから・・・待ってもらえる?」
カバンの中をまさぐっている間、車掌は他の乗客の検察をし、その隙を狙って女は隣の人にペンを借り、身分証明書の生年月日欄を10歳若く捏造した。戻って来た車掌に、捏造身分証明書を見せると、車掌は明らかに疑いの眼差しを向けていたが、それ以上の追求はせずに去って行った。無事に切り抜けた女はホッとした表情をしていたが、僕は冷ややかな視線を送っていた。

ブザンソンのアパートに着くと、日本の大学のM先生からハガキが届いていた。そこにはミホ先輩の住所が記されていて、僕は一気に高揚した。ミホ先輩は大学の3つ上の先輩で、3年前にブザンソンの大学に留学していた。その時に知り合ったモロッコ人と結婚してモロッコに行ったことは知っていたが、まさかまたブザンソンにいるとは思いもしなかったので、僕はすぐに地図で住所を調べ、旅の疲れもなんのその、早速歩いて30分程のところにあるアパートに向かった。

電話番号が分からなかったので、もし訪ねて行っても留守かも知れないし、はたまた僕のことは覚えていないかも知れないという微かな不安もあった。ドキドキしながらインターフォンを押すと旦那さんらしき人が応答した。
「コウ・タカハシと言いまして、ミホさんと同じ京都の大学から来たんですけど、ミホさんはいらっしゃいますか?」
そして数秒後、ミホさんの声が聞こえた。
「あ、高橋功です!」
するとミホさんも驚きの声を発した。中に通され、2年振りの再会を果たした。ミホさんは一児の母になったばかりだった。
「僕、今ブザンソンに留学してるんですよ!」
「え、そうなの?旅行で来たのかと思ったよ〜!けど、なんでここが分かったの?」
「M先生から今日ハガキが届いてて、そこにミホさんの住所が書いてあったんですよ。それですぐに地図で調べて、早速来ちゃいました」
そして互いの近況を報告し合ったのだが、驚いたことにブザンソンに来たのは数ヶ月前で、妊婦だった頃もしょっちゅう街中で買い物をしていたのだとか。ということは、この狭いブザンソンで、もしかしたらすれ違っていたのかも知れない!

また会おうと約束をして別れた後、僕はすぐにディジョンに留学しているメグミさんに電話をし、ミホさんと再会したことを告げた。ディジョンとブザンソンは電車で1時間の距離なので、今度3人で会おうと興奮しながら約束をした。

シャンパーニュでの素晴らしき出会い、そしてミホさんとの再会。いつどこで、どのように、どんな出会いや再会が待っているか、本当に分からないものだ。そして人との「縁」を切に感じた1日だった。

第61話につづく

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