第51話
「今」最南端

グラナダの後に向かった街はコルドバ。グラナダから近いので、その日の夜遅くに到着した。タクシーでユースホステルに向かったが満室で断られ、近くのホテルに宿泊。南国の雰囲気にだいぶ近付いてきた。やっと憧れのアンダルシア地方にやって来たのだ。

コルドバにはメスキータという、メッカに次ぐ世界第2位の規模を誇るモスク(イスラム教の礼拝堂)がある。それゆえか、街並みもイスラム文化圏に来たと思わせるような雰囲気。かと思いきや、旧ユダヤ人街もある。白くて狭くて花があって。道幅を狭くしたのは、影を作って暑さをしのぐという知恵なのだそうだ。コルドバ自体は怪しげな印象だった。でもその怪しさは嫌いではないが、カラリとした南国のイメージとは違う。

1泊した後、マラガに移動。ここはピカソが生まれた町である。グラナダもコルドバも心が求めていた町とは違っていたけれど、マラガに着いた途端感激!まさに南国的な雰囲気なのだ。ユースホステルはまるでホテルのように綺麗で快適。2人用の部屋に1人で泊まることが出来て喜んだ僕だったが、夜中の3時頃、突然人が入ってきて、すこぶるビックリした。スペイン人の学生だった。聞けば、マラガで明日テストがあるということで来たとのこと。いい人そうだったが、少しだけ話してすぐに寝た。

フランスで暮らしていたピカソだが、マラガには生家が残っている。特にピカソ好きでもないのだが、この町で生まれ、この家で育ったんだな・・・と思うと感慨深い思いがした。昔、ピカソは確かに存在し、今僕と同じ土を踏み、同じ景色を眺めていたのだ。

午後はマラガを後にし、スペインの最南端アルヘシラスへ。「ピレネーを越えれば、そこはアフリカ」と言われるように、隣国フランスとは随分違う風景だ。本当にここはヨーロッパだろうか?と思うような・・・。アルヘシラスという町は、着いた瞬間から好きになれなかった。危険な香りプンプン。それもそのはず、港町なのだ。マクドナルド近くでは子供がわざと目を吊り上げて僕を見下しているし、バス停に行く途中、道を間違えて焦っているところにいきなり犬にとんでもなく吠えられ、あまりにも驚いて「ワーッ!」と叫んでしまった。ホテルはマラガのユースよりも高いのに、イマイチ。英語もフランス語も通じないので、ホテルでのやりとりは結構疲れてしまう。

アルヘシラスに興味があって来たのではない。この港町から船に乗って行くモロッコ半日ツアーに惹かれたのだった。当初、モロッコに行くことなど全く考えてもいなかったのだが、ガイドブックを見ながら、その半日ツアーの存在を知り、僕は興奮した。ピレネーを越えれば、そこはアフリカ。そして、本当にアフリカに行くのだ。モロッコ。どんな怪しい風景が見られるのだろう。

早速、港にあるエージェントに行き、明日のモロッコ半日ツアーを申し込んだ。担当のオッサンはフランス語を話せたが、ひどいスペイン語訛りで何を言っているのかさっぱり分からない。フランス語は語末の子音を発音しないのに、すべてスペイン語読みで本来発音しない子音まで発音しているようで、余計な音が沢山くっついてくるのだ。
「メンテナントゥ」
彼が発したその言葉、“maintenant”(マントゥナン=フランス語で“今”という意味)のことだと思い、そのまま聞き流そうとしたのだが、もしや英語の“メンテナンス”のことだろうか?と、ふと頭をよぎった。明日の説明で、何かメンテナするんだろうか?これは重要な説明?だとしたら慎重に聞いておかなければならない。僕は、その“メンテナントゥ”の意味をしつこく繰り返し訊ねた。が、やはりフランス語の“マントゥナン”(今)のことだった。ほとんど流し聞きしていたのに、「今」という単語にかじりつく僕・・・よくよく考えると滑稽だ。

第52話につづく

フランス留学記目次