第49話
お会計

2月3日(水)。昨日ユースで出会った日本人のYさんは、今日の午後にバルセロナを発つということで、その前にパエリアを食べて、一緒にサグラダファミリア(聖家族贖罪聖堂)を観に行った。工事着工から100年以上も経っているというのにまだ未完成で、しかも完成するまであともう100〜200年かかると言う。途方もない歳月だ。完成した聖堂を観たくても観られない・・・と思うと、人の世の短さを痛感させられる。しかし、ホントにいつかは完成するのか?

サグラダファミリアの後、Yさんとは「日本で会おう」という約束をして別れた。ふと取り残されたような感じがして寂しくなる。気を取り直して、ひとり、スペイン村に向かう。閉館時間が近かったからか観光客はほとんどおらず、スペインのあらゆる地方の建築などがミニチュアで再現されているこの野外博物館は、どことなくちゃちな印象を受けた。

セルフサービスの店で夕飯を食べ、夜にひとりで繰り出そうと思っているバー探しにブラブラしてから、ユースに帰りサロンを覗くと、昨日少しだけ話したフランス人青年がいた。「これから買い出しに行くんだけど、一緒に行かない?」と誘われた。
「え、今から?」
「うん。スペイン人は眠らないんだよ」
他に2人のアメリカ人と共に、僕たちは外に出た。しかしどうもノリが違うような気がしたので、途中で僕はひとりユースに帰った。

2月4日(木)。ユースの近くにある蝋人形館に入ってみたら、薄気味悪く、妙に恐かった。世界中の有名人が蝋人形になっているわけだが、生きているような感じがして、僕は生きた心地がせず、早足で出た。

バルセロナという街はガウディの建築物によって、際立ってユニークな都市に見える。サグラダファミリアだけでなく、おとぎ話のようなグエル公園、屋上にとんがり煙突が幾つもあるグエル邸、直線を排除し曲線のみで作られたカサミラ(現在はアパートになっている)など、特異な建築物が街中に存在していることにより、街全体がユニークだ。清潔感のある中心街を離れると、生活観溢れるいかにもスペイン的な風景が見られ、これもまた興味深かった。人々の暮らしが息づく地区に行かずにはいられない。

そしてスペインと言えばバル(Bar)。タパスと言って、小皿に乗ったつまみが幾つも並んでいて、どれも美味しそう。夕暮れ時に行ってみると、仕事帰りであろう人たちで賑わっていた。家に帰る前に一杯飲んで行くのだろうか。地元の人たちの生活に溶け込んだような気がして、僕はウキウキしながらタパスを3皿頼み、ビールを飲んだ。優雅な時間の流れ。

お勘定をバーテンダーに頼もうとしたところで、一瞬戸惑った。スペイン語では「会計」のことを何て言うのだろう?バルセロナの公用語であるカタルーニャ語も、スペイン語もフランス語も同じロマンス語族で兄弟言語なので、フランス語で言えば通じるだろうと思い、僕は思い切って“ラディシオン・・・ペル・ファボール”と言ってみた。“l'addition”(ラディシオン)はフランス語で「お勘定」の意味、“per favor”(ペル・ファボール)とはスペイン語で「お願いします」を意味する。すると店員さんは、「ラディシオン?OK!」と言い、無事に会計が出来たので、その時僕はやはりスペイン語でも、「お勘定」はフランス語と同じ“ラディシオン”なんだな、と勝手に解釈してしまった。

小さな定食屋で夕飯を済ませてから、昨日見つけた雰囲気のいいバルに入ってみた。椅子はなく、全員立っている。僕はひとりなので喋る相手がいないのだが、その雰囲気を楽しむことにする。ひとりで来ている人がいないのだ。ボケー〜っとしながら、リオハのワインとジンを飲む。灰皿を頼んだら、灰は下に落とせと言われ驚いた。帰りがけ会計を頼む際、僕は自信満々に、さっきと同じように“ラディシオン、ペル・ファボール”と言った。ところが、何度言っても通じない。その店員が、他の店員に“ラディシオンって何?”と確認しているようだった。そこで僕は、ラディシオンとはフランス語で、スペイン語では“la cuenta”(ラ・クエンタ)と言うことを初めて知った。じゃあ・・・さっきの店員が“ラディシオン”で理解したということは、フランス語の知識があっただけのことだったのか?!

第50話につづく

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