第27話
日本の過去

11月22日(日)。カリム宅にお呼ばれ。彼はチュニジア系フランス人で、独学で日本語を勉強し、それはそれは正確で流暢な日本語を話す。小さい頃、イタリア語のテレビを観ていただけで、イタリア語を覚えたという話を聞きビックリ仰天。元々語学の才がある人なのかも知れない。彼は日本人の彼女と同棲しており、CLAに留学している日本人たちとよくパーティーをしていた。

カリム宅は土足厳禁。なんと部屋の中心部は畳。久しぶりに畳の上で鍋をした。皆で花札をして盛り上がる。盛り上がり過ぎて、気が付けば朝8時。恐るべし、とどまるところを知らない若者のパワー。数時間後には授業があるというのに!10時に退散し、僕は一旦家に帰った。でも寝ず、シャワーも浴びず、学校に行く。学食に行くと、台湾人のシャウイがいたので、一緒に食べ、冗談話で盛り上がる。午後の音声学の授業では、さすがの僕も恐ろしい睡魔には打ち克てず、ウトウトを繰り返し、先生に顔を覗き込まれ「大丈夫?」と言われる始末。

やっとの思いで夕方を迎え、帰宅してすぐに寝ようと思ったのだが、音声学のクラスに一緒に出ているアキさんが、これから僕の不要なランプを取りに行きたいと言うので、一緒に帰宅。家に着いたのは4時だが、話が盛り上がり、結局8時まで喋り続けていた。一睡もしていないというのに、よく喋る僕・・・。アキさんが帰った後は、深い眠りにつき、朝7時半まで一度も目が覚めなかった。

11月25日(水)。学校でインターネットをしていたら、隣に座っていた香港人に突然紙を渡された。そこには「南京大虐殺」の文字。「知ってる?」と訊かれた。ああ、イヤな予感。
「日本人が沢山殺した?」僕が言うと、
「もちろん!」と返された。
会話はこれで終了。何が言いたいんだ?!昨日は、アキさんと学食でランチを摂っている時、インドネシア人が加わり、3人で談笑しながら食べていた。しかし、いきなり、そのインドネシア人が戦争の話を始めた。
「インドネシアはオランダに350年間も支配されていた。その後、日本に3年間支配されたんだけど、オランダの350年間よりも日本のたった3年間の方が、よっぽど酷かった」
楽しいランチの時間のはずなのに、楽しく会話していたはずなのに、いきなり空気が重くなった。僕とアキさんは、彼に何を言えばいいのか、彼がなぜいきなりこの話を持ち出してきたのか分からずにいた。香港人もインドネシア人も、日本人である僕に謝罪を求めていたのだろうか。

外国の地で突きつけられる日本の過去。様々な国の人たちと接していると、人種や国籍の違いなんて、ただの括りに過ぎず、皆同じ人間なんだと気付かされる。国同士がいがみ合っていても、過去に戦争をしていても、今この時は人間同士、一個人同士の関わり合いであり、国同士の争い事など忘れてしまう。何人だから、というよりも、その人個人を見ていたかった。

この日の夜は、ボジョレー・ヌーヴォー解禁ということで Pop Hall に行った。僕は“ボジョレー・ヌーヴォー解禁”に関して何の知識もなく、こんなに盛り上がるくらいだから、きっとさぞかし美味しいワインが飲めるのだろうと、胸を躍らせてグラスに口を付けた。
「何これ・・・」
フランスで不味いワインを飲んだことがない。側にいたフランス人に、一体今日は何の日なのか訊いてみた。すると、笑いながら答えてくれた。
「ああ、1年に一度だけ不味いワインを飲む日だよ。ハハハ・・・いや、実際は初物のワインを飲んで、その年の収穫を祝う日だよ」

異国での日常は、なんと刺激的!

第28話につづく

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