第16話
授業開始前の一週間

10月13日(火)。この日は、午後2時からオリエンテーションがあるのみ。

フランスに来る前から、僕は外国人向けのCLAだけではなく、文学部にも聴講に行って、フランス人と交流を持ったり、フランスの大学で授業を受ける経験をしようと決めていた。学校案内にも、「学部の聴講が可能」と記載されていたのだ。文学部においてフランス人と対等に授業をこなすとなれば、英語の授業くらいしか僕にはない。後は、とてつもなく興味のあるフィンランド語の授業や、もし日本語の授業があるのならばアシスタントをやりたいと思っていた。そこで、オリエンテーションの後、CLAの事務所にいる学生担当フランソワーズに学部聴講について聞きに行った。
「文学部で英語の授業を聴講をしたいのですが、どうすればいいでしょうか?」
すると、この意欲満々な学生を前に、フランソワーズは面倒臭そうに、
「学部に英語の授業を受けに行くより、CLAには英仏翻訳の授業があるのだから、それを受けた方がいいわよ。クラスにはアメリカ人が沢山いるんだし」
などと言う。CLAの英仏翻訳の授業は確かに興味はあったが、フランソワーズの言葉を聞いて、英語帝国主義が頭をちらつかせた。どこに行っても母語で通すことが出来る英語圏人と、英語を習得する為に時間もお金も労力もかけなければならない非英語圏人が、非英語圏において、同じクラスで“英語の”授業を受けることに少しばかり抵抗を感じる。それは、僕の「学習意欲」よりも、当時から芽生え始めていた英語帝国主義に対する疑問の方が勝っていたのだ。勿体無いと言えば勿体無いが、純粋な心で授業には臨めなそうだ。フランス語から英語に訳す(またはその逆の)授業において、英語圏人と非英語圏人では対等ではない。

CLAのスタッフに相談しても無駄だということが分かり、僕は直接学部に情報を得に行った。が、この日は既に受付が閉まっていた。

10月14日(水)。学校がなかったので、CROUS(クルス=学生の為の生協のような組織。寮や学食など、学生の生活に関するサポートをしてくれる)に行った。ここにあるコインランドリーは、なんとたったの19フラン(約400円)。町中のコインランドリーの半額以下だが、その分、全部終わるのに1時間は軽くかかる。しかも地下に1台しかないのだ。その時間を僕は手紙書きや宿題、はたまた隣接している部屋にあるピアノ練習に充てることにした。

CLAでインターネットをしていると、なぜか今日は5時半で閉まり、図書館でビデオを観ていると6時で終わり。いつもよりも随分と早い店仕舞いだ。学校を出ると、すぐそこには川が流れている。僕は何となしに、川辺でひとり黄昏れた。

10月15日(木)。朝、大家が来た。ガス代の請求?毎月、僕の口座から引き落としのはずなのに?なんだこれは?疑問(当月分は現金払いだった)。口座とキャッシュ・カード(兼クレジット・カード)がやっと出来上がったとのことで、銀行に行く。いつも担当してくれていた感じ悪い人がいなかったので、比較的感じのいい人に当たったのだが、いまいち口座の仕組みが理解出来ず。後に、ヨウコさんとポールに説明してもらい、やっと呑み込めた。

午後は学校でブザンソンの説明会。ほとんどボケーっと聞いていたが、“Carte jeune”(ヤング・カード)を作ると、何かと割引になってお得だという話だけは聞き逃さず、早速作りに行った。

頭痛がする。36.9度の微熱。風邪気味のようだ。

10月16日(金)。朝、文学部の校舎に行き、聴講について聞いた。燃えていたフィンランド語も日本語の授業も存在しないと知り愕然。面白そうな「未知の言語」という授業があったが、これは聴講不可とあっさり言われてしまった。英語の授業は可能なので、出たい授業に直接行って、担当教授に聴講許可を貰えれば問題ないとのことだった。

夕方、スーパーで春巻を買ったのだが、家に帰って早速食べようと思ったら、袋に入っていない!どうやらレジに置き忘れてきてしまったようだ。僕が「買ったものがない!」とひとり騒いでいたら、ポールが慌てて「ボクは取ってないよ!」と真剣な顔で言ってきた。誰もポールのせいになんてしていないのに・・・。そんなポールも、今日はパンを買うのを忘れ、更にはチーズも間違えて買ってきてしまったと笑っていた。

憧れの食器洗い機を使おうとしたら、ポールから「電気代がかかる!」とクレーム。たかが食器洗い機なのに、なんだこの細かさは・・・と蒼くなっていたところに、大家がやって来て、「食器洗い機の電気代なんて、大したことないよ〜」と一笑に付していた。やれやれ・・・。

第17話につづく

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