第9話
ストラスブールでの最終週

ついに4週目、ストラスブール滞在最終週に突入した。授業は相変わらず難しく、ホームステイにもストレスを感じ、疲れが出てきていた。食欲もなく、珍しくお替わりをしない僕にマダムは心配そうな顔をする。毎晩、本当に美味しい料理が出てくるので、この家での食事は楽しみのひとつでもあった。シュークルートを始め、オニオン・タルトなどのアルザス伝統料理からラザニアまで、毎晩豪華だ。食欲旺盛にならない方がおかしい。しかし、メインディッシュの後に食べるチーズの前に、僕はデザートを食べてしまい、「チーズは?」と訊かれたが断り、デザートもお替わりをしなかった。「お昼に沢山食べたから?」と訊かれたが、そうではない(あまりお昼に沢山食べると、夜食べられなくなるから、お昼は控えてねと言われていたのだ)。こういう些細な優しささえも重く感じてしまうのだった。水曜日、「明日こそは学校を休もう」と本気で考えてしまった。その夜、ミドリさんの家に招待を受け遊びに行った。夜中の2時まで喋り捲り、帰宅した時にはすっかり元気になり、「やっぱり明日は学校に行こう」と思い直した。意外と単純だ。

マダムは、毎朝「あと3日ね・・・」「あと2日ね・・・」と寂しそうにカウント・ダウンをしてくるので、自然と僕も感傷的になってしまう。遠く感じていた9月の終わりが、あっという間にやってきた。荷造りもしなくてはならない。時の流れの早さが信じられない。

授業が最後ということ自体は、そんなに悲しくないが、やはり人との別れは寂しい。最後の授業を終えて、マヤと最後のランチを摂りに行く途中、メキシコ人のレオナルドと「Salut!」(じゃあ!)と言いながら握手をして明るく別れたのだが、最後の最後に「Bye, Ko!」と何故か英語で言われた瞬間、妙な寂しさを実感した。マヤとは、この1ヶ月間の思い出話に花が咲いて、よく笑った。“sous le soleil”(太陽の下で)と言いたかったのを“dans le soleil”(太陽の中で)と言い間違えた時のことなど、些細なことが可笑しい。ランチの後、アルザス博物館に行き、そして明るく別れた。

家に帰ると、マダムの友人たちが何人か集っていた。
「この青年が日本から来たコウよ!この1ヶ月間で、物凄くフランス語が上達したの!残念ながら明日ブザンソンに行ってしまうんだけどね」
マダムが僕を皆に紹介してくれた。自分自身、後半はあまり授業に身が入らなかったので、どれだけフランス語が伸びたかのかも分からないし、正直なところ「全然伸びてないかも」と思っていたので、お世辞でもそう言ってくれたことはとても嬉しかった。

のろのろと日々が過ぎて行くような感じだったし、「早くブザンソンに行きたい!早く1ヶ月過ぎろ!」と思っていたが、振り返るとあっという間で信じられなかった。なんだかんだ言っても、ホストファミリーには恵まれ、マダムに出会えて、ハードながらもしっかりとした授業をしてくれた学校に通えて、僕は幸運な1ヶ月を過ごした。そして、ストラスブールという美しい街には心底惹かれていた。旅行者としてではなく、1ヶ月の間だけでも「住居者」として滞在出来たことが本当に嬉しかった。

10月3日(土)。僕とマダムは駅で別れた。これからが僕にとっては本番だ。この1ヶ月の経験を胸に、ブザンソンで頑張って行こう。
「元気でね。ブザンソンで頑張るのよ!またストラスブールに遊びにいらっしゃい」
優しい人。別れが、つらかった。

第10話につづく

フランス留学記目次