第6話
束の間の異文化体験

せっかくドイツとの国境の街に住んでいるのだから、気軽にドイツに行ってみようと思い立った。実際には、歩いて国境越えをし、ケールには行っていたのだが、特に目ぼしいものもなく、さして「ドイツに来た」という感覚もなかったので、観光地に行ってみようと思ったわけだ。早速、クラスのドイツ人にアドバイスを求めた。ストラスブールから簡単に行けて、かつ美しく楽しい街。そこで僕は、ストラスブールから電車でわずか1時間半で行けるフライブルクに決めた。

土曜日、午前のうちにストラスブールを発つ。昼食をドイツで食べるためだ。昼前にフライブルクに着き、まずは当てもなく歩いてみた。フランスから陸続きの隣国であるが、何かがフランスと違う。勿論、民族が違うわけだから人の様子が違うのは当たり前だし、建物も違うが、もっと他に違うものがあるような気がした。それは・・・清潔度だった。犬のフンがそこらじゅうに落ちて、踏まない人なんているのだろうか?!と思うくらいのフランスは、見上げれば美しいが、下を見ると汚い。基本的には不潔好きと言ってもいい。タバコの吸殻やゴミも落ちている。ところが、さすがはゲルマンの国ドイツ。清潔だ。ゴミなど一切落ちていない。なるほどねぇ〜、だから清々しいのか〜、などと思いながら、レストランに入る。食べたいものは決まっていた。ソーセージとオニオンスープ。ここでもまた違和感を覚える。周囲の客たちからじろじろ見られるのだ。これはフランスではほとんど経験したことがなかったので、思わぬ異文化体験に笑ってしまった。

午後からは街を散策。・・・といっても、そんなに見て回るところはない。大聖堂があり、展望台からの眺めも美しいが、やはりストラスブールのあの物凄い大聖堂と比べると、どうも見劣りしてしまう。ひとときの異文化を楽しもうと、あちこち歩き回った。記念にドイツからハガキでも出そうと思い、店に入る。英語が通じる。レストランでも英語OKだ。だが、ここはドイツ。ドイツ語が全く分からず、次第に申し訳ない気分に陥ってきた。例えば、ぶつかった時に発する「すみません」という言葉さえ、ドイツ語では言えない。外国に行く時は、最低限の単語は覚えていく、という気構えのきっかけとなった。

僕は日本生まれの生粋の日本人。僕にとってフランスは外国であり、フランス語は外国語だ。フランスを見る時は日本と比較するし、フランス語は日本語と比較する。だが、フランス在住の身で他の国に出ると、比較対象にフランスが加わる。充分ではないにしろ、フランスではその国の言葉を解し、コミュニケーションが出来る。しかし、ここドイツではそれが不可能だ。言葉が分からない、というのはある意味ストレスにもなる。ドイツは美しいし、フライブルクという街も気持ちが良く、僕にいい印象を残していたが、いつの間にか心はフランスに向いている。日常から離れてストレス解消に来たはずなのに、その日常に戻りたくなっている自分がいる。

意外な自分を発見し、夕方近くになってから、フランスへと戻る電車に乗り込んだ。早くフランスに帰りたい、という気持ちが不思議だった。ガラガラの車両の中で、ボーッと窓の外を眺めていると、怪しい3人のおっさんが乗り込んできた。陽気ではあるが(酔っているようだ)、直感的に警戒心が働き、「目を合わせないようにしよう」と思っていたら、僕の側に座った。ドイツ語で何か言う。分からない、という表情を見せた。すると、「じゃあ英語は?」と訊いてくる。僕はフランス語で「分からない」と返したが、男は英語とジェスチャーを交えて「お金ちょうだい」と言ってきた。もちろんあげるわけがない。しつこかったが、僕は断り続け、無視を決め込んだ。早くあっちに行け!と心の中で念じ続けていた(次の駅で降りて行った)。

ストラスブールに着くと、想像以上の安堵感を覚えた。やっと言葉の分かる国に来た・・・とりあえずは勝手の分かる場所に戻って来た。些細なことなのに、とてつもなく嬉しく思えた。

今回のホームステイは朝食と夕食が付いているので、この日も夕食に間に合うように帰った。マダムが温かく迎えてくれた。
「さあ、ドイツの話を聞こうかしら?」
何よりも衝撃的だった電車での「お金せびられ事件」について話した。
「たまにあるのよね、そういうことが。この間、私も街を歩いていて、物凄くいいスーツを着た60代くらいの紳士に話しかけられ、何かと思ったら“マダム、お金を恵んで下さいませんか?”と丁寧な口調で言われて、凄くびっくりしたわ!」
日本ではまず有り得ない話だ。ヨーロッパでは、妙な雰囲気を漂わせて物乞いをしている人をたまに見かけるが、実際のところ、脅されたり恐い思いをすることはない。が、マダムが遭遇した“紳士”の話は僕にとっても意外で、人は見かけによらない、気をつけなければと思った。

たった半日の間に、いろんなことを感じ考えさせられた、貴重な日だった。

第7話につづく

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