よく家に遊びに来ていたホストマザーの親友Rさんは、高校時代はチャイナ・ドールというニックネームを持っていたほどエキゾティックな容姿で、ハリウッド女優のような美人だった。なおかつすこぶるユーモアのある人で、僕をしこたま可愛がってくれた。今やホストファミリー宅のご近所さんで、同じ新興住宅地の一角に住んでいる。ちょうど夕食を終えた頃、Rさんがやって来た。アメリカ人のご多分に漏れず、少しふくよかになってはいたが、相変わらずの美人である。僕をギューッと抱きしめると、
「まさかまたあなたに会える日が来るなんて・・・」
と言いながら涙ぐんでいる。な、な、何もそんな、泣かなくても・・・
「あ、そうそう、あなたにね、プレゼント持ってきたのよ。ほら、これ」
そう言ってカバンの中から取り出したのは、アメリカによくある、美しい絵と希望の言葉が書かれた小さな本だった。表紙を開くと、Rさんの手書きメッセージがびっしりと書き込まれていた。
「まずは私がそのメッセージを読むわね。あな、あな、、たが、ひと、、、ひと、、、ひとりでいる、、と、き、、、・・・あら、ちょっと、字が小さくて読めないわ・・・」
本を遠くにしたり近くにしたりしているRさんを見て思わず笑いそうになってしまう僕。
「たと、、た、たとえ、さみ、、、し、、、さみし、、、く・・・ああ、ダメだわ!自分で書いた字がちっちゃくて読めないったら!メガネメガネ!!」
ホストマザーもRさんもついぞメガネが必要な年齢になったんだと、時の流れを実感させられる。

その後、僕が持参したジョージア時代の写真を見ながらひとしきり盛り上がる。皆若く、子供たちは幼い!ホストマザーはしきりに「私もRも、すごい痩せてたのね!」と言うので、不覚にも僕は「ホント、綺麗だったよね」と過去形で口走ってしまう。大変失礼致しました。

Rさんが話す言葉を聞いていると、20年ぶりに耳にする南部なまりが懐かしく思える。南部では「i」を“アイ”ではなく“アー”と発音するため、それに慣れてないと所々何を言っているのか分からなくなる。I love youは“アー・ラヴ・ユー”になるし、Sign(サイン)は“サーン”、night(ナイト)は“ナート”になる。Rさんが「私の息子がね」と話す度に、my son(マイ・サン)が“マァサン”と発音されるため、それが一瞬“マッサン”に聞こえ、「えっ!マッサン?朝ドラの?」と口走りそうになった。エリー役の女優のシャーロットはアメリカでは無名だが、日本で有名になったことによってアメリカで話題になったのかと思い、思わずそんなことを言いそうになるのだが、次の瞬間「あーなんだ、息子の話か」と我に返る。しかしその数十分後、再び「“マァサン”がね」とRさんが言うと、僕の体は無条件に反応し「えっ!マッサン?」と一瞬ドキッとしてしまうのだった。

更には、じゃれついてくる子犬を見ながら、Rさんが「美しい目をしてるわね (He has beautiful eyes)」と言った時の“ビューティフル・アイズ”が“ビューティフル・アァズ”と発音されるものだから、僕は思わず、
「えっ!?ビューティフル・アス(beautiful ass=美しいケツ)?」
と真剣に訊いてしまった。するとRさんは大笑いしながら、「assじゃなくてeyesよ!」と教えてくれたのだが、その発音が「“アス”じゃなくて“アァズ”よ」と、濁点が少し落ちるので、どうしても僕には“ass(アス)”に聞こえてしまうのであった。


Rさんは年代は違えど、僕が通っていたキャス高校を卒業していることもあり、K先生のことも知っている。せっかくだからと、明日の同窓会パーティーにも参加したいと言う。何時にレストランに行けばいいのか訊かれると、すかさずホストマザーが「4時半よ」と答えた。いやいや違うよ、おっかさん!
「5時半に予約してるはずだけど」と僕。
「何言ってるのよ、昨日K先生と話した時、4時半って言ってたわよ」
「えー?先生そんなこと言ってた?5時半って聞いてるけど」
「いーや!K先生は確かに4時半と言ってたわ」
「ホントに?」
「嘘もヘチマもへったくれもあるかいな!」
「じゃあ、私は4時半に行けばいいのね?」と、Rさん。
ホストマザーがあまりに自信満々に言うので、僕の勘違いなのかと思い、それ以上は言わなかったが、Rさんが帰った後、ホストマザーがおもむろに切り出してきた。
「コウ、Rは時間に超ルーズなのよ!必ず1時間は遅れて来るんだから。私の娘の結婚式にも遅れて来たくらいよ。だから5時半の待ち合わせには4時半と言っときゃ間違いないのよ!」
なんだ、そういうことか。

果たして翌日、5時15分にレストランに着くと既にRさんは一番乗りしていて(しかもなぜかビデオカメラを回していた)、「予約は4時半じゃなかったの?誰も来ないからお宅のホストマザーに電話しちゃったわよ」。こういうこともあるんですね。翌日ホストマザーに会うとすかさず、
「昨夜Rは時間通りに行ったらしいじゃない?!奇跡よ!!いや違うわ、あれだけ私が4時半って言ったのに、店に着いたのは4時50分だったから、やっぱり遅刻してるのよ!」
20年経ってもRさんは愉快な人だった。


1995年6月8日、帰国前夜、友人たちと

Part 8 「穏やかな人、穏やかな空間、切ない時間」へ

INDEX
Part 1 20年ぶりに降り立ったアメリカ、その時胸の高鳴りは…
Part 2 誰も迎えに来られず、あわや“空港でひとり茫然物語”…?
Part 3 出発前からイライラ…すべてがスムーズに行くワケはない
Part 4 ついに再会!けど、冗談もほどほどに!
Part 5 なぜか日本食レストランで
Part 6 記憶にございません
Part 7 マッサンと美しいケツ
Part 8 穏やかな人、穏やかな空間、切ない時間
Part 9 See you later, alligator!
Part 10 ジョージア最終日に“だっふんだ!”
番外編 サンフランシスコぶらり散歩〜ミッション・ポッシブル〜