第71話
「帰国前の一週間」
前編

5月31日(水)。ミリン宅でのパーティーに招待されていたのだが、ミリン側の都合で来週の月曜日に延期になった。昨日、日本の店から貰ってきた無料の新聞を読んでいたら、「テレサ・テン死去」のニュースが載っていて大ショック。子供の頃、よく聴いていたのに。日本の高校の友達から電話がかかってきて、担任がすい臓がんの疑いがあったが大丈夫だったようだと知らされた。それにしても、僕が日本を不在にしている間、北海道で地震、阪神大震災、オウムの地下鉄サリン事件、テレサ・テン死去、担任のすい臓がん疑惑と、いろいろあったものだ。毎朝放送していた日本の「スーパータイム」を、いつもスクールバスに乗る前の数分間観ていたが、暗いニュースばかりで、たまには明るい話題はないものか!と思ったものだ。

今日は特に何もすることがなく家でのんびりしていた。エイヴィエットから電話が来て、「明日遊びに行こう」と誘われた。

6月1日(木)。エイヴィエットからは電話来ず。今日もヒマな一日となってしまった。日本の高校の担任から電話が来て、すい臓がん疑惑について真相を聞いた。
「もう一時はダメかと思ったよ〜。急性胃炎だったんだけど」
とりあえず、一安心。

6月2日(金)。この家にいるのもあと1週間だ。夕方、ケネディー先生とアトランタのダウンタウンへ。車の中で、二人して大声で歌を歌いまくった。

6月3日(土)。ベリンダはストレスが溜まっていると言った。
「来週は仕事、学校のテスト・・・。あなたともっと一緒に過ごしたいのに。あなたが帰る前にいろんなところに行きたいんだけど。本当にストレスだわ。ケネディー先生に電話して、あなたをどこかに連れて行ってもらえるよう頼んでみるわね」
午後は、トリーのダンス・リサイタルを観に行った。夜はベリンダの機嫌が悪かった。今日と明日は、僕にとって最後の週末なので、ベリンダは僕をストーン・マウンテンに連れて行く計画を立ててくれていた。ストーン・マウンテンはその名の通り、石の山なのだが、レーザー光線のショーがあったりと綺麗なのだそうだ。ところが、デニーは、
「ストーン・マウンテンには行かない。明日は家の掃除だ」
と言う。僕は我が耳を疑った。そしてベリンダは食事中であるにも関わらず、デニーに対して激怒し、椅子を派手に蹴飛ばして自分の部屋に行ってしまった。
「ベリンダは自分の思い通りにならないとダメな奴なんだ」
デニーが僕にそんなことを言う筋合いがあるのかと思った。怒りたいのは僕も同じだった。ベリンダの心遣いが胸に沁みていたのに・・・。せっかくの最後の週末は、掃除で終わるのか・・・。

6月4日(日)。結局、ストーン・マウンテンには行かずに家の掃除。午後はベリンダの友達ロンダが来て、僕とデニーとダラス以外はプールに出かけて行った。皆が出かける少し前に、自分の部屋で荷造りを始めていたら、ロンダが僕の部屋に入ってきた。その時僕が手にしていたのは、僕が愛するアイドル浅香唯さんの下敷き。ロンダがそれを見て、
「あら、私その女の子を1ヶ月前くらいにテレビで観たわ。デビュー当時から、売れっ子になるまでのドキュメントで、物凄い人気っぷりだった。彼女は綺麗ね」
と言うではないか!僕は驚いてしまった。ロンダはどことなく東洋人のような風貌の美人顔で、中学時代は“チャイナ・ドール”(中国人形)というニックネームが付いていたとか。妹さんはなんとヌードモデルで、プレイボーイ紙などにも出たことがあるという。ポラロイド写真(ヌードではなかった)を見せてもらったら、工藤静香さんに似ていた。ロンダはスラッと背が高くスタイルも良く、美しい人だった。物凄くユニークな人で、僕も大好きだった。僕のことも物凄く気に入ってくれていて、しょっちゅうベリンダから「ロンダがよろしく言ってたわよ。あなたのことが大好きみたい」と言われていた。華々しいオーラと笑顔の裏には、実は夫の暴力による離婚という過去もあった。

荷造りを始めた僕を見てベリンダは、機嫌が悪そうに「あら、もう帰る準備出来たのね」と吐き捨てた。この家から僕がもうすぐいなくなること、それなのに一緒に過ごす時間があまりないことに、苛立ちを感じていたのだと思う。

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