第70話
「日本巡り」

5月28日(日)、学校も終わり帰国まであと2週間足らずだというのに、僕はこの日の朝、なんとホストチェンジする夢を見た。夢の中の新しいホストファミリー宅は静かなところにあった。中年のホストファーザーとホストマザーがいた。インド風の飾り物などが沢山置いてある豪壮な邸宅だった。
「電話は取らないように」
「でも、友達が週末に電話してくるかも知れないのに」
「それでも電話は取っちゃいけない」
新しいホストファーザーが言った。学校にはなぜかホストファーザーとスクールバスに乗り二人で行った。ランチルームで、隣に座っている人に、
「ここからアトランタまでどのくらいかかる?」
と訊いたところ、1時間とのこと。1時間もかかるようでは、Six Flags に行くのにフィリップが迎えに来てくれないではないか、と不安になった。
「あ、僕は日本から来た交換留学生です」
「英語が流暢だね」
ここで目が覚めた。言い慣れている一言を言っただけなのに、「流暢」だと言われ、夢の中で喜んでいる自分がいた。

火災報知器が問題なく立派な音を立てて作動するということを、2日間に渡って立証した翌日の29日(月)は、ケネディー先生とクローフォード先生とでアトランタに行った。まず始めに、念願の「岩瀬書店」へ!日本書籍の専門店で、ずっと行きたいと思っていたのだ。・・・何も帰国する2週間前にわざわざ行かなくてもいいものを。店員はとても感じのいい女性で、アトランタの大学に通っていると言っていた。「女性セブン」購入。外国にいると日本語の活字が恋しくなる。週刊誌は隅から隅まで読むと意外と面白いのだった。次は、またもや念願の「ダイドー」へ。日本食食料品店で、ずっと行きたいと思っていたのだ。・・・何も帰国する2週間前にわざわざ行かなくてもいいものを。店員は感じの悪いおばさん。「お好み焼きの素」を購入。そして次は日本食レストラン「SUSHI FUKU」へ。・・・何も帰国する2週間前にわざわざ行かなくてもいいものを。僕は鍋焼きうどんを食べ、2人にはちらし寿司を勧めた。いわば今日は「日本巡り」だったわけである。今朝は出かける前、日本のニュース番組「スーパータイム」まで観てきたのだ。

そもそも、日本食専門のスーパーには、この時期であろうが行かなくてはならなかったのだ。というのも、クリスマスの時にデンバーでデニーたちと会った時、僕の一言がデニーの気に障ったらしかった。
「デンバーのホストファミリーに日本食を作った」
この一言。デニーは、自分たちには日本食など作ってくれないクセに、なんでデンバーでは作るんだ?との言い分。だがしかし。日本食のスーパーに連れて行くと言いながら、それを実行しないのはどこの誰でもない、デニーだったのだ。デンバーではカナコに日本食スーパーに連れて行ってもらったので、作ることが出来たのだ。とはいえ、帰国前に一度くらいは日本食を作って食べさせてあげたいと思った。そこで僕は、簡単に出来て、かつクセのない食べ物、お好み焼きがいいのではないかと思った次第だ。

デニーたちが旅行から戻って来て、僕は早速お好み焼きを作った。案の定、大好評で「ジャパニーズ・パンケーキ」(日本風ホットケーキ)みたいだと喜ばれた。

フィリップに電話をすると、「今、かけようと思ってたんだ」と言った。
「明日は朝9時半に医者に行って、それから髪を切りに行くから、昼頃電話するよ」と、フィリップ。
「ほうほう。なんで?」僕が問う。
「何が?」謎めくフィリップ。
「なんでそんな悲しい声出すの?」質問返しの僕。
「悲しくなんてないけど」と、フィリップ。
「悲しく聞こえる」しつこい僕。
「悲しくないっつーの!」吠えるフィリップ。
「今日、ケネディー先生とクロフォード先生とで、SUSHI FUKU っていう日本食レストランに行って来た。美味しかったよ」
「いいねぇ!じゃあ、今度そこ行こうよ」

翌日、「今日は電話を取るな」とデニーに言われてしまった。一体なにゆえだ?フィリップから電話が来るので、僕が取らせてもらった。最初の電話はミリンからだった。明日パーティーするからと招待を受けた。そして次にフィリップからかかってきた。何さ、僕宛の電話ばかりじゃないか。

12時に迎えに来て、ランチを食べた後、Six Flags に行った。シーズン・パス(通年のパスポート)を作った方が得だからということで、作ったのだが、写真を撮る時に茶化されて、物凄い顔のドアップがパスに貼られてしまい、フィリップはひとりで喜んでいた。夕方5時に退散。
「早過ぎない?せっかく来たのに」
「年のせいで疲れたんだよ」
こんなに早く帰るなんて・・・帰宅恐怖症の僕は蒼ざめた。
「帰りたくありません」
「もう帰るよ。帰らないと大変なことになるよ」
「いいえ。CD屋は?夕飯は?あ、映画観ようか!」
「帰ります」
そして車はCD屋へと向かい、その後はモールに行き夕飯を食べて、帰った。

帰宅すると、ルイスヴィル高校のイヤーブック(毎年出る卒業アルバムのようなもの)と、1千万ドル(約10億円)当選の通知が届いていた。一瞬にして億万長者になってしまったかと心臓が止まる思いだった。授賞式の日程まで記されてある。これは大変なことになったとベリンダにその用紙を見せに行った。
「あら、これよくあるわよ。何かの宣伝なのよ」
あっさり言われてしまった。でも確かにそうだ。何にも応募していないのだから・・・。

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