第68話
「学校最終週」
後編

5月24日(水)、ユーゴスラビア人留学生のダーコは明日帰国すると言う。
「もう?まだ学校終わらないのに?」
「うん、帰るよ」
大して名残惜しくもなさそうに言った。僕たちは同じ留学生同士ということで、最初のうちはよく話もしていたが、最近では同じ授業もなくめっきり会わなくなっていた。それに、彼は問題児で何かと問題を起こしていた。ハンガリー人留学生のアンドレアは、僕に日本の住所を訊いてきた。
「ダーコが明日帰るらしいけど、ダーコに住所訊いた?」
「ダーコの住所なんてどうでもいいわ」
僕たちは住所交換をしたものの、結局一通も手紙の交換はしなかった。彼女もホームステイのことでよく悩んでいた。アメリカに対してさほどいい印象もなかったようだが、ハンガリーの高校を卒業したらアメリカの大学に入ると言っていた。実際、今どうしているのだろうか?

5月25日(木)、とてつもなく眠い一日だった。そして、僕の天敵ジェシカとは喧嘩するし、ケネディー先生に頼んだ日本向け郵便物も何だか行き違いでややこしくなっているし、フィリップもご機嫌斜めだし、ちょっとイヤな日だった。

5月26日(金)、ついに学校最後の日。僕にとってはこれで留学生活が終わるようなものだが、最後の日というのはテストの日でもある。フランス語のテストでは、95点を獲らないと平均点でA評価にならないというのに、リスニング80点、リーディング92点でA評価の点数には達しなかった。
「はぁ〜・・・Aにならなかった・・・」
クローフォード先生が採点しているところを見ながら呟いた。
「仕方ないわね!日本の息子の為に、95点にしてあげましょう!これでA評価になるんでしょ?」
「うわぁ〜!ありがとうございます!」
点数が足りないというのを、おまけとしてなんと加点してくれた!クローフォード先生とはとても仲が良かったので、融通してくれたのだ。

コーラスの授業ではケネディー先生に叱られた。僕の日頃のアメリカ批判、アメリカ人批判はこの帰国間際になって爆発した形となっていた。でも話の最後には和解した。そして先生は「誤解してたようだ」と言って僕に謝った。いい人たちに恵まれて幸せなはずだったが、その裏ではうんざりするようなことが山とあった。とはいえ、アメリカ人に向かって、いくら信頼し合っているといえども、そこまで批判することは筋違いだった。

僕の天敵ジェシカとは、コーラスとタイピングの授業で一緒だった。最初は普通に話していたのだが、次第に口喧嘩をするようになっていった。途中、仲直りしたと思っても、何かと喧嘩を吹っかけてくるのでうんざりしていた。周囲は彼女のことを「ビッチ」(女性に対する罵倒語)呼ばわりしていたのだが、そういうことからも分かるように、彼女はよく汚い言葉を連発し、言葉遣いも決していいとは言えなかった。そしてこの最終日にも喧嘩を吹っかけてきて、僕はいい加減うんざりし、無視をして教室を出た。すると、いつも「ハァ〜イ、コウ〜!」と色っぽくシナを作って挨拶してくるメリアンが、ジェシカに対して怒りをぶちまけた。
「アンタねぇ!一体何なのよ!アンタってホントにビッチね!!!今日は彼にとって学校最後の日なのよ。それなのに、よくそんなことが言えたものだわ!はっきり言ってね、彼はアンタのことなんてこれっぽちも好きじゃないのよ。ホント、最低だわ。コウ、行きましょ!」

以前、メリアンと撮ったツーショット写真があった。それを見ながら、メリアンが言った。
「日本に帰ってから、この写真を誰かが見て、“この女の子は誰?”って訊いてきたら、“彼女と付き合ってるんだ”って言うのよ。分かった?」
「え?」
「“彼女と付き合ってる”って、そう言うんだからね、分かったわね?」
「ああ、分かった」
メリアンとは帰国前に Six Flags に行こうと言っていたのだが、結局都合が付かずに行けなかった。ひょうきんなメリアンとはこの日が最後となった。

僕はそれぞれのクラスで皆に帰国前夜の「お別れパーティー」のことを告げ、そして「今日で最後だから」と抱き合った。もう、この教室で勉強することはないのだ。もう、この場所に戻ってくることはない。もう、明日からはこの学校の生徒ではない。それが現実だというのに、全く実感が湧かなかった。

放課後、ランチルームのおばさんや、スクールバスの運転手に別れの挨拶をしに行った。その後、何人かで映画「フォレスト・ガンプ」を観た(勿論、ウトウトしたが)。ルイスヴィルから引っ越してきた去年の10月から8ヶ月間という時間を過ごしたこの学校での、「親善大使」としての役目を終えた。

夕方、ケネディー先生とカータースヴィルにある僕のお気に入りのグリル・レストランで、ニューオリンズ・スタイルのエビを食べ、再度学校に戻った。卒業式を見る為である。留学の本で何度なく見て、想像していた「卒業式」に、自分は「在校生」として参加していた。
「本当に終わったんだな」

帰りはケビンに家まで送ってもらった。随分いい車だった。高校生だというのに、車には電話まで付いている。
「コウ、君は本当に英語が上達したね。君がこの学校に来た時のこと覚えてるよ。ランチルームで喋った時、全然会話にならなかったもんね。それが今ではこうして普通に英語で会話が出来るようになったんだから」
それを聞いて嬉しかったのは事実だが、反面、最初はそんなにヒドかったのか・・・と少ししょげた。が、思い返してみても確かにそうである。アメリカに来た当時は、南部なまりも手伝って、いちいち聞き返してゆっくり言ってもらわないと理解が出来なかったのに、今ではスムーズに会話が出来ているのだ。

この夜、ホストファミリーは旅行に出かけていて、僕は家にひとりだった。長いようで短かった学校生活を終え、充実した気持ちで眠りについた。

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