第64話
「プロム」

5月6日(土)はいよいよプロムである。1年間の学校生活の中で、一番の大イベントだ。前日、廊下でフィリップに呼び止められた。
「明日のプロム、ダブルデートしようよ。日本食レストラン“Mt. Fuji”(マウント・フジ)、もう予約しといたから」
二人きりのデートではなく、こうしてカップル同士がグループになって食事に行くことをダブルデートと言う。それにしても前日になって何の相談もなしに「予約しといたから」というのはオドロキだったが、密かに日本食レストランを予約して、ダブルデートしようと言うあたり、ちょっと粋なはからいを感じた。勿論、僕は嬉しかった。元々、僕はフィリップではなく、別のカップルとダブルデートすることになっていたので(僕もデスカも車の運転が出来ないので、車を持っているカップルと一緒に行くことにしていたのだ)、4組のグループでの「日本食レストラン」ディナーとなったのである!日本人の僕にとっては、こんなに嬉しいことはない!

当日は時間までソワソワしながら、家で時間を潰していた。この日は皆、豪華な服装でキメる。僕もタキシードをレンタルしていた。夕方、ベリンダが待ち合わせ場所まで送ってくれた。車の中からデスカの姿を認め、ベリンダは「わお〜!絶世の美女じゃない!」と興奮していた。僕たちはまずデスカの家に行き、記念撮影をし、その後、ダブルデートするブラッド&ロンダと合流。ブラッドの車に4人乗り、日本食レストラン Mt. Fuji に向かった。僕たちが到着すると、丁度フィリップたちも来たところだった。僕の姿を見るなり、「チャイニーズ・ボーイに見えるよ」とからかってきた。僕たち4人の他に、フィリップのカップル、そしてもう1カップルが合流したので、合計4カップル、総勢8人での食事となった。きっと本当の恋人同士なら、二人きりで甘く・・・となるのだろうが、僕たち8人は全く違った。

Mt. Fuji はステーキハウスである。目の前の鉄板で野菜や肉を豪勢に焼くというパフォーマンスも、アメリカでウケている要因のひとつであろう。僕の左隣にはデスカ、右隣にはフィリップの相手アシュリーが座った。
「あなたのこと聞いてるわ。教会に連れて行くと言いながら、フィリップったら連れて行かないんでしょ?彼、悪い人だから。でも私の教会に来るなら、いくらでも連れてってあげるわよ」
アシュリーとフィリップは手をつないだり、ずっと手を握り合ったりしていたが、アシュリーが「私の彼氏がね」などと話していたので、やはりこのふたりもニセモノ・カップルである。ニッポン人の、しかも純情純朴な17歳の僕は、ヒト様の前で、ニセモノ同士そんなコト出来ない・・・とためらっていたが、周りを見渡すと、別にニセモノ・カップル皆がそうしているわけでもないので、とりあえず安心した。デスカは日本食が初めてだったようだが、とても美味しいと言っていた。

僕たちのグループはいつも仲のいいグループというわけではなく、プロムによって知り合ったメンバーである。更に、あまりワイワイガヤガヤなタイプでもなく、どちらかというと皆人見知りしている感じだった。僕にしても、普段から仲がいいのはこの中でフィリップだけである。
「コウは僕に日本人になってほしいんだろ?」
などと訳の分からないことを口走ったところで、そこから会話が広がることもなく、実を言うと、この時間のことはあまり記憶に残っていない。

食事の後は、フィリップたちとは別れ、ブラッドの車に乗ってきた4人でプロムの会場に向かった。とてもフォーマルで結婚式のようだった。まず僕たちはカップルごとに記念撮影をする。それこそ結婚記念のような写真だ。この写真を家族や親しい人たちに記念として配るのだ。

僕たち4人はなぜか冷めていて、フランス語の授業で1時間みっちり教わったダンスもさほど発揮することもなく、11時頃には退散した。我が家に4人が勢揃いし、記念撮影をした。が、この日はベリンダの誕生日パーティーを家で行っていて、ベリンダの友人たちが沢山来ていた。ベリンダたちは物凄く盛り上がっているのと正反対に、僕たち4人は「シーン」・・・物静かで石のようだった。

12年生(高校3年)がメインとはいえ、11年生(高校2年)である僕たちも充分に楽しめるアメリカの高校の最大イベントは、どことなく消化不良気味に終わった。でも、ただ「知識」として知っているだけでなく、この目で見、体で体験した上で、プロムというものを知ることが出来て良かった。

僕は夜食を食べ、夜中の2時半頃にベッドに入った。

【後日談】
時は流れて2009年、Facebookを通じて僕は当時学校で一緒だった多くの友人たちと再び繋がるようになった。コンタクトをとってきた中に、プロムに行く行かないでモメたミッシェルがいた。14年ぶりに明かされた真相として本人から聞かされた話では、「私たち一緒にプロムに行こうとしたのよね!でもお互い車がなくて断念したのよね!」・・・これも身に覚えのない話で、車の有無の確認にすら到達しなかったのだ。Facebookに載っている僕とデスカのプロム写真のコメントに、ミッシェルは「これ11年生(高校2年)の時の写真だよね?本当は私たちが一緒に行くはずだったけど、車がなくて結局行けなかったんだ!」と投稿していた。謎は謎のまま終わるばかりか、謎は謎のまま生き続ける。

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