第57話
「穏やかな春休み」

4月8日(土)から9日間、イースター(キリストの復活祭)休みに入った。コーラスのスプリング・コンサートを控え、僕はまた数曲の伴奏の為にピアノの練習をしなくてはならなかった。ニューヨークから帰って来た週の土曜日は、ケネディー先生の家に行き、練習をさせてもらった。午後、先生の友人エドが来たので、僕たちは3人でアトランタに行った。やはり僕は都会が好きである。賑やかな街に来ると心が躍る。昼食にタイ料理を食べ、その後公園に行った。出店が沢山出ていて、ケネディー先生は台湾人が売っている盆栽を買った。その台湾人は「あなたは日本人?」と僕に話し掛けてきて、「私の息子は日本大学に留学してるんだよ」と言った。

翌日は朝からウェスリーの家に遊びに行った。ベリンダに途中まで車で送ってもらい、待ち合わせ場所でウェスリーと落ち合ってからまず教会に行った。その後、彼の家に行き、ピアノを弾いたり、庭に出たりして時間を過ごした。ウェスリーの母親もニューヨークに同行していたので、既に顔見知りである。彼女はピアノを弾いた。それに合わせてウェスリーがサイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」を歌い、
「この歌、もしかしたらスプリング・コンサートでソロで歌うかも!」
と言うのでギョッとした。音痴なのに・・・。結局、ソロには選ばれなかったが。

昼食をご馳走になった後、ウェスリーの部屋で映画を観ることにした。キアヌ・リーブス主演の「スピード」だ。僕はこの映画を観ておらず、かなり話題になっていたので、観たいと思っていたのだ。部屋に入るとウォーターベッドが置いてあった。
「うわぁ!ウォーターベッドいいなぁ。ちょっと寝てみていい?」
僕はウォーターベッドの感触を確かめたくて、寝そべった。そして映画が始まった途端、僕は眠りの世界へと誘われ、ハッと目が覚めると、映画は既に終わっていた。人の家で、しかも人のベッドで、ヨダレを垂らしながら2時間も寝入っていたのである!
「ずっと寝てたねぇ」
「起こしてくれれば良かったのに!」
「だって、気持ち良さそうに寝てたから」
人の家で何やってるんだか。

その夜、フィリップから「明日、友達とハイキングに行くけど一緒にどう?川で泳ぐかも知れないから水着も用意しといて」と誘いの電話が入った。翌日、フィリップの車でボブ(フィリップの義兄)の家に行き、皆でハイキングに出かけた。アメリカ人は遊び上手だと思った。こんな自然の中で楽しく遊ぶなんて。僕はコロラドのデンバーを思い出していた。ジョージアに来てから久しく自然とは触れ合っていなかった。汗だくになり、猛烈に喉が渇き、ボブの家に戻ってからコーラをゴクゴクと飲んだ。爽やかな炭酸飲料水が、喉を気持ち良く潤してくれた。ちなみに、アトランタはコカコーラ発祥の町で、コカコーラ博物館がある。その翌日、ベリンダとそこに行くはずだったのだが、悪天候の為取り止めになってしまった。

4月12日(水)はエイヴィエットとモールへ買い物。彼は、僕を遊びに誘ってくれるものの、何かと無責任で電話すると言いながらもしてこないことがよくあり、こちらから掛けると無愛想な母親が応じ、「今いないから、後で掛け直させる」と言いながら、どれだけ待っても電話はかかってこなくて、再度掛け直すと「出掛けた」などと言われるものだから、僕はよく苛ついていた。それを思うと、フィリップは普通であるにも関わらず、余計に信頼出来る人だと思った。

ベリンダと子供たちはアラバマに行っていて、家には僕とデニーだけだった。この日はデニーの機嫌がとても良く、僕が帰宅してからデニーと買い物に出かけ、日本のビールを買おうとしていた(その時は無かったので買えなかったが)。いろいろと機嫌よく話してくれ、プロポーズは電話でベリンダからしてきたのだと言っていた。また、僕を自由に遊びに出してくれるのは「成績がいいから。勉強を沢山することは素晴らしいんだ」などと言った。なんとまぁ・・・どういう風の吹き回しだろうか?

4月13日(木)、ケネディー先生の家に行きピアノの練習。その後、エドも交えて日本食レストラン「たんばたえ」に行き、いつものステーキを腹がパンクするほど食べた。教会でミュージカルを観てから、僕はなんと、さっき食べたばかりだと言うのに、また腹が減り、ワッフル・ハウスでチキンステーキとアップルパイを食べた。物凄い食欲だ。普段の空腹を埋めるかの如く、ケネディー先生と一緒の時は食い溜めをしているかのように食べまくった。それなのに体重は変わらなかった。

4月14日(金)はのんびりと家で過ごした。僕は既に日本帰国に向けて荷造りも開始していたので、荷物を整理したり、本を読んだり、CDを聴いたりと自由気ままな休日を謳歌した。明日からはベリンダと子供たちが帰って来るので、僕は逃げるようにして「出かけたい」気分になっていた。エドかウェスリー、どちらかと出かけられそうだった。ウェスリーに電話すると、明日はダメだが、という話から違う話題に移っていった。
「卒業したら、フィリップとニューヨークに引っ越そう!」
ウェスリーが言った。僕たちはニューヨークに行ってからというもの、あの大都会の余韻を引きずり、よく夢を見ていた。3人でニューヨークに行けたら楽しいだろうなぁ、なんて思った。

4月15日(土)、エドと映画を観に行った。帰宅すると、デニーとベリンダが心配そうな顔付きで僕に話し掛けてきた。
「ラフィエル(エド宅にホームステイをしていたドイツ人留学生)がホストチェンジしたのは・・・」
良からぬ噂が出回っているようだった。ラフィエルも僕と同じPIEを通して留学しており、何かしらの噂がベリンダの耳にも入ったのかも知れないが、僕は笑い飛ばした。悪い噂を心配していた2人は「君はアメリカの文化を学びに来ているのに、おかしなことに巻き込まれてはいけない」と心配していたが、僕は気にしなかった。そんな僕の言い分を聞いて、2人も心配を投げ捨てるように笑い飛ばしていた。

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