第50話
「バートン先生」

コーラスのケネディー先生、フランス語のクローフォード先生の他に、ESL(英語を母語としない人の為の英語の授業)のバートン先生とも僕は仲が良く、楽しい思い出が満載だ。そしてよくお世話になった。

アメリカの高校の最大のイベントといえばプロムである。これは卒業のダンスパーティーで、12年生(高校3年生)がメインとなる。通常、男子が女子を誘いカップルとして参加するのが普通だが、恋人同士である必要はなく、男女の友人同士、また男同士、女同士、更には何人かのグループで参加することも可能だ。要は、「ひとり」でなければ誰でも参加出来るし、12年生がメインであれども10年生(高校1年生。アメリカの高校は9年生からの場合が多い)からプロム参加可能だ。僕は、この1年間の最大イベントに参加しようかどうか迷っていたが、バートン先生は、しきりに参加を勧めてきた。
「あなたは絶対に参加すべきよ!せっかくアメリカにいるんだから。いい記念にもなるし」
「でも一緒に行く相手がいない」
「私が探してあげるわ!」
「先生が??」
「よくあることよ」
そして紹介されたのは、エフィーとミッシェルのグループだった。グループで行くのもいいけど、ミッシェルと組むのを勧めるわ、と先生は言う。ところが、エフィーに関しては周囲の誰も良く言わない。おかしな奴だ、やめとけと言う。僕はエフィーのことは知らなかった。ではミッシェルと行くことになるのかな、と思っていたのだが、後日、ミッシェルを見かけたのでプロムの話をすると、
「バートン先生からは何も聞いてない。知らない」
と言う。おかしいなと思って、翌日バートン先生に訊いてみると、どうやらミッシェルは僕にプロムの確認をしようと話しかけたのに、僕が無視をして傷ついたから、プロムには行かないと言っていたらしいのだ。全く身に覚えのないことだった。話しかけられた覚えもなかったのに。それを聞いて、どんな行き違いや勘違いがあったのかは分からないが、意地らしさなどは全く感じず、腹立たしくなってしまった。本当にミッシェルは僕に話しかけたのだろうか?僕がただ気付かなかっただけなのかも知れない。そんなことはよくある話ではないか?僕はアメリカに住んで様々な思いをしてきた。挨拶をしてくれなくなった人、偏見を持っている人、日本人だと思ってバカにしてくる人・・・それらを経験し、たかがそれだけのことで「傷ついたからプロムには行かない」なんてバカげたこととしか思えなかった。

バートン先生の、僕のプロム相手探しがまた始まった。(後章に続く)

バートン先生とはいつも楽しくしていたが衝突をしたこともあった。「こんな難しいことをやっても何の力にもならない」などと言って怒らせたことは前述した通り。他の授業で、たまにフィールド・トリップ(ちょっとした遠足のような校外見学)があった。ある時、テネシー州への小旅行があったのだが、バートン先生は僕に、しきりに参加するよう勧めてきた。が、僕はあまり乗り気ではなかった。その時のフィールド・トリップは自由参加だったのだが、以前参加した時ははちゃめちゃで、すこぶるつまらなかった。聞けば「授業を抜け出せるから参加した」という人が大半で、やる気も何もあったもんではない、という印象があったのだ。
「そんな人ばかりじゃないよ」
とバートン先生は言うのだが、僕は「行きたくない」と主張した。
「あなた、いつも沢山友達が欲しい、人と出会いたいと言ってるじゃない。人と触れ合ういい機会よ!」
とは言うものの、そんなものに参加したところで、やる気のない人たちと楽しい時間を過ごせるとも思えなかった。文句を並べる僕に対して、ついに先生が、
「じゃあ行かなきゃいいわ!」
とちょいとキレた。結局、参加したが、人数も少なく、やはりつまらなかった。

ESLの授業は僕とインド人のミリンの2人だけだった。ある日の授業で、お互いのことを表現する練習をしていて、僕はミリンのことを「ミリンの頭は大きくて、耳も大きくて・・・」などと、からかった表現を用いた。勿論、僕とミリンは冗談が通じる仲なので、その時も冗談だった。ところが、バートン先生は
「コウ、それは失礼よ。ダメよ、そんなこと言っちゃ」
「なんで?冗談だよ!実際、そうだけど」
「ダメよ。失礼なのよ」
と言って、先生は受け付けなかった。当のミリンはケラケラ笑っていたのだが。と思いきや、互いの国についての話題になった時、ミリンが「インドにはトイレットペーパーがない」と言い出した。先生がビックリして、ミリンに問うた。
「まぁ!じゃあ、どうやって拭くの?」
「手で拭くんだよ」
「エッ!手で?ウエーッ・・・。汚いじゃない!」
「でもその後、ちゃんと手を洗うから・・・」
バートン先生は耐えがたいような顔をしていた。インドの習慣については、何かと眉をしかめていた先生は、僕の方を向き、
「私、いつか日本に行ってみたいわ。日本は美しいでしょう?すごく興味ある!」
目をキラキラさせながら言った。すかさずミリンが口を挟む。
「インドには来たくないの?」
「インドには行きたくないわ。衛生面が・・・。インドは無理だわ」
「インディア・イズ・ビューティフル!インディア・イズ・ア・グッド・カントリー!(インドは綺麗、インドは良い国だ!)」
「ああそう。インドには行きたくないけど、日本にはぜひ行きたいわ!」
・・・険悪なムードにはならなかったが、先生、僕の発言よりも先生の方が充分失礼じゃないでしょうかね?

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