第42話
「フィリップ」

「今週末は誰かと遊びに行きたい!」
いつもそんなことばかり考えていた。週末の間ずっと家にいると、息が詰まってしまう。1月もそろそろ下旬。学校でよく喋る人はいるけれど、エイヴィエット以外プライベートで遊んだことのある人はいなかった。折りしも今日は金曜日。何が何でも今日中に約束を取り付けなければ!僕はフィリップに話してみようと決めていた。フィリップとは同じ授業を取っているわけでもなく(コーラスは同じ先生だが違う時間帯だった)、2回に分けられているランチの時間も違うので、廊下ですれ違うしか会う方法はない。なのに、今日に限ってなかなかすれ違わない。午後、タイピングの授業を終え、最後の授業(国語)に向かう途中、「どうせそんなもんだ、人生なんて。ああイヤだな、今週末も家か。マイナス思考になるのは悪いことじゃない」などとふてくされていたら、偶然にもフィリップが前方から歩いてきた。なんたるタイミング!授業開始直前であまり時間がないので、Hi と挨拶をして、「日曜日、何してんの?」と、僕はおもむろに切り出した。
「教会に行くよ」
「教会に行くんだ?」
「木曜、土曜、日曜は教会に行ってる。けど、なんで?」
「ヒマなもんで・・・」
そう僕が言うと、フィリップは笑った。
「家に居たくないんだよ」と、僕。
「何処に住んでんの?あ、ペン持ってる?電話番号教えるから時々電話してよ」と、フィリップ。
僕は何かあった時の為に、家の住所と電話番号、家への行き方を記した紙を何枚か持ち歩いていたので、それをフィリップに渡した。
「君んちに電話するよ。それで何時に迎えに行くか伝えるから。日曜日の朝に電話する。OK?」
教会自体に興味はなかったが、友達と出かけられることがとにかく嬉しかった。

晴れ晴れとした気持ちで帰宅。だがこういう時に限って、家では何かが起こる。夜、ベリンダはデニーと喧嘩して大激怒。ダラスの鞄を足で蹴飛ばし、家を出て行った。2時間程して帰って来たが。デニーはこういう時至って冷静、知らん振りしている。そして決まって僕に優しくなる。仏教と神道の違いについて訊かれたが、うまく答えられなかった。

日曜日の朝、9時にフィリップから電話がかかってきた。10時に車で迎えに行くと言い、正にきっちり10時でやって来た。教会に行き、その後ランチをフィリップの家でごちそうになった。お父さんもお母さんも上品な人で、フィリップの育ちの良さが窺えられた。フィリップは3人姉弟の末っ子で、この日は、お姉さん夫婦も来ていた。この夫婦は日本食の大ファンということで、アトランタの日本食レストランにも詳しそうだった。今度「Mt. Fuji(マウント・フジ)」に行こうと約束してくれた。

食事の後、パーティーに行くと言っているように聞こえ、何のパーティーなんだろう?と疑問に思っていたら、パーティーという名前の女の子の家に行くとのことだった。とんだ勘違い。パーティーは僕の家の近所に住んでいて、紹介されたが、その後会うことはなかった。

1週間後、フィリップと、彼の姉夫婦とで日本食レストラン「Mt. Fuji」に行った。アメリカによくあるジャパニーズ・ステーキ・ハウスだが、スシ・バーも併設されていた。大分県出身のフジ・コウジさんが板前だった。だから「フジ」なのだろうか?!フィリップはスシがあまり好きではないようだった。次にステーキ(鉄板焼)のところに移動。もう僕は大満足!

アメリカ出発前夜、僕は東京の伯母宅に泊まった。従兄も来て、その夜は鉄板焼を食べた。これが本当に美味しくて美味しくて、1年間忘れられない味になってしまった。ことあるごとに、伯母宅で食べた鉄板焼の味を思い出しては、帰国したら鉄板焼を食べたい!と思っていたほどだ。アメリカにあるジャパニーズ・ステーキ・ハウスの鉄板焼なんて目じゃなかった。

フィリップとはこうして、学校外でもよく会うようになった。共通の授業もなければ、共通の友達もいないし、共通の趣味もない。それなのに、友達関係は帰国まで続いたのだから、人の縁とは不思議なものである。

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