第35話
「最悪のクリスマス・イヴ」

コロラドには12月25日に行くことになっていた。24日はベリンダの実家(アラバマ州)に行くことになっていたので、23日がベリンダの仕事納めだった。会社から帰宅したベリンダは、デニーとベリンダの分の航空券が見つからないと大騒ぎしていた(僕の分は予約が異なったので、手元にあった)。ベリンダは職場に航空券を忘れてきたのかも知れないと言っていたが、翌24日の朝、結局航空券はベリンダの職場にも無いことが判明し、ベリンダの機嫌は最高に悪かった。アラバマに行く前、家の中は最悪の雰囲気の中、いつものように、僕以外はバタバタと準備をしていたので、ひとりで朝食を食べるわけにもいかず、僕は怯えながら出発時間を待っていた。車の中で、ベリンダは子供たちにビスケットを渡した。だが僕には渡らなかった。デニーが「コウだって腹が減ってるよ」とベリンダに言った途端、ベリンダは怒り出した。
「食べたけりゃ冷蔵庫のものを食べればいいでしょ!コウにはいつもそう言ってるんだから!」
そして、「コウ、私はあなたのメイドじゃないのよ!」と二度繰り返し、「昨日は5時間がどうのこうの」(よく聞き取れなかった)、
「いつも座って手紙を書いてるのを見るのはもう疲れた!」
とまで言われてしまい、僕は傷ついた。だがいつもの如く、時間が経ってから、平常心を取り戻したベリンダは僕に優しく言った。
「コウ、冷蔵庫のものはあなたのものでもあるんだから、食べたい時に食べなさいね。さっきは航空券のことで怒ってたの・・・ごめんなさいね」

アラバマに着いてからは、サンクスギビングの時と同じように、退屈で仕方がなかった。クリスマスプレゼントも貰ったが、他の人たちはわんさかプレゼントを抱えていたのに比べ、僕は靴下一足だけでなんとなく寂しかった。

その日は夜遅く帰宅し、翌25日は朝5時起きして空港に向かった。昨日とはうって変わり、ベリンダの機嫌は最高潮だった。
「コウ、私たち、大学に行く時いつもコロラドに行くまでのカウントダウンしてたわね。ついにこの日がやってきたわね!」
僕も嬉しかった。早くコロラドに行って、コロラドのホストファミリーにも会いたかったし、友達にも会いたかった。

行く先は同じなのだが、予約が異なったので、ベリンダたちと僕の航空券は、アトランタからセント・ルイスまでが同じで、セント・ルイスからコロラドのデンバーまでは違う便だった(そういえばベリンダたちの航空券はどうやって発見されたのか?それとも航空会社に連絡をとって新たに発券してもらったのか?記憶が定かでない)。セント・ルイスまでの飛行機では、ベリンダの機嫌の良さが遺憾なく発揮された。僕が持っていた、世界の時間が瞬時にして分かるトラベルクロックや、日本製の薄いウォークマン(当時のアメリカではまだ薄いウォークマンは出回っておらず、ばかでかい、日本ではふた昔も前の型のウォークマンを皆使っていた)を、客室乗務員に自慢していた。僕の持ち物を、ベリンダがさも自分のものかのように、他人に見せびらかすというのも奇妙な光景だった。

2人とはセント・ルイスで別れ、僕はひとりになった。日本に電話をし、興奮した面持ちでデンバー行きの飛行機に乗った。もうすぐ皆に会える・・・!

第36話へ



留学記目次