第33話
「メゲン」

日本の友達から送られてくる手紙に、「アメリカ人のペンパル(文通相手)が欲しいから紹介して」と書かれていることがよくあった。手紙を書くことが好きそうな人たちに声をかけ、僕は何人かの“愛のキューピット”ならぬ“文のキューピット”になっていた。

クリスマス・コンサートで初めて話したフィリップにもその話を持ちかけたところ、快くOKしてくれた。・・・が、日本から手紙を受け取っても、彼は一度も返事を書かなかったらしい。これはアテが外れたケース。

一番興奮して文通を楽しんでいたのはメゲンという女の子だった。数学の授業で一緒だったメゲンは、初日、僕の前に座っていた。くるりと振り返り、遠い東の国・ニッポンからやって来た僕に興味を抱いたのか、もしくは僕のあまりの美貌に打ちのめされたのか、真相は藪の中だが、僕に熱心に話し掛けてきた。まだ現地の英語に慣れていなかった僕は、早口で話す彼女の英語がなかなか理解出来なかった。ジョージア州の人達は、北部の人達に比べて話すスピードがゆっくりなのに、なぜかメゲンは早口だった。聞けば、早口地帯・北部のミシガンから引っ越してきたのだと言う。何かを言われる度に、聞き返さないといけない。ゆっくり言ってもらうも、また次には早口に戻っている。面倒臭くなる僕は、あまり愛想良く話さなかったが、それでも、メゲンはめげずによく話し掛けてくれた。

だがよくよく考えると当初は、早口ではない南部の人達の英語でさえ、聞き取れないことがしばしばで、会話にてこずっていた頃である。帰国間際のある日、ケビンと話をしていると、突然彼はこう言った。
「今はやっと普通に会話出来るようになったね。始めの頃は、何かを言う度に聞き返してきて、会話にならなかったもんね」
・・・ガーン。そんなにヒドかったか?!いささかショックを受けたものの、人見知りする上に、言葉の壁もあるわけで、今思うと、どんな風に友達になっていったのだろう?と思う。

言葉というのは、人によって癖が違うので、会話がスムーズに行く人とそうでない人がいる。要は“言葉の相性”だ。メゲンは他の人達も「彼女は早口だね」と言っていたので、相当早口だったのだろう。ケビンは特に早口でもなかったのだが、会話がスムーズに行かなかった。なぜなのかは分からない。フィリップはとても聞きやすい英語を話していたので、僕の“たどたどしい英語時代”でも特に問題はなかった。仲良くなるきっかけ、というのはそれぞれあったが(大抵はアホ話から壁がなくなる)、メゲンの場合、なんだかとても不思議だった。

いつも早口なので、聞き取るだけで疲れてしまう僕は、さほどメゲンに対して“感じ良く”はなかったはずだが、それでもいつも明るく話し掛けてきた。日本の友人から「英語の練習の為にアメリカ人の文通相手を紹介して欲しい」と頼まれて、メゲンに打診すると、「是非やりたい!」とかなり乗り気だった。

とある日のランチ・ルームで、メゲンは興奮しながら僕に話し掛けてきた。
「あ、コウ!!聞いて!!!来たわよっ!手紙が!!もうすっごい嬉しくて〜!!!」
海外に住む見知らぬ相手との文通に、大きな喜びを見出しているようだった。
「でもでもでもね、ちょっと意味が分からないところがあるんだけど・・・この部分、"How do you place? My place has many green." ねぇ、これどういう意味?」
英語の解釈を僕に求めてきた。同じ日本人の感覚として勿論、言いたいことは分かった。
「どんなところに住んでるの?私の町は緑が一杯です。ってことを言いたいんだと思うよ」
「なるほどねぇ!あ、それとそれとそれとね、ちょっと・・・笑っちゃったんだけど!!!映画が好きってことで、好きな映画のタイトルが書いてあったわけ・・・もう、それがおかしくて・・・ 私の好きな映画は“Gone With The WINDOW”って!!!!わーっはっはっは!」
これには僕も笑ってしまった。ちなみに、正しくは「Gone With The Wind(風と共に去りぬ)」である。何が間違っているかというと、wind(風)を window(窓)と書いていたのだ。それを訳すと「窓と共に去りぬ」になってしまう。

感じが悪かったであろう僕に何度も話し掛けてくれた奇特な人だった。お別れ会の時は、メゲンは用事があって来られなかった。そして帰国後は連絡を取り合っていないが、今でも思い出すと自然に笑みがこぼれてくる。いつも笑顔で、よく笑っている女の子だった。

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