第27話
「喋らなければ!」

10月29日(土)、ペンキ塗りをしているデニーの仕事について行った。とある一般家庭の家だ。デニーが仕事をしている間、僕は何もすることがなく、一人で本を読んでいた。しかし、なんでデニーは僕を連れて来たのだろうか?ここに来ても僕はヒマなのに・・・。

その日の夕飯前、外でバーベキューを作るデニーを手伝っていた僕に、デニーがボソッと呟いた。
「自分は家庭を壊している。いい父親になりたいのに・・・」
「いい父親だと思うよ」
「そんなことないよ。コウは誰のようになりたいと思う?」
そんな質問をされたことがなかったので、一瞬ためらった後、「両親」と答えた。デニーはその答えを聞いて、しみじみとしていた。

食事後、デニーとベリンダに注意を受けた。まず、今日のデニーの仕事場で、僕がずっと本を読んでいたこと。
「あの家の人がずっと気にしてたんだ。君が何も話さずずっと本を読んでるから・・・。君の行為は、あの家の人をナーバス(神経質)にさせた」
逆に僕がビックリしてしまった。家の人はすぐにどこかに消えて、僕はあの部屋にひとり取り残されたではないか・・・。僕の方がナーバスになっていたというのに。それから、例の如く「喋らない」ことについて。
「勉強なんてしなくていい。机に向かうな。もっと楽しめ!」
そんなことを言われたことも初めてだった。勉強はしなくてもいい、だなんて。自分の部屋には机がなかったので、リビングの隣のダイニングで勉強するなり手紙を書くなりしていた。
「宿題する時や手紙を書く時は、どうすればいいんでしょう?」
「ここ(リビング)でやりなさい。ソファーに座って、こうやって」
なんと、机を使わずに、ソファーに座りながら、足を組んでその足の上に教科書なりノートを置いて勉強するなり手紙を書くなりしろと言う。これには参ってしまった。けれども要は、もっとホストファミリーとコミュニケーションを取れということである。

数日後、成績のレポートカードをデニーに見せると、「ずっと勉強してたのにこの点数なの?」と嫌味を言ってきた。アメリカ史が「C評価」ギリギリの74点だったのだ。他は90点以上が多かったのだが、アメリカ史だけは苦手で、74点取れただけでも奇跡的だと思っていた。まぁ、今の時点でアメリカ史からコーラスの授業に変更していたので、これからはアメリカ史はないのだが。成績表を見ながら、デニーはあからさまに不満そうな態度だった。勉強するなと言ったくせに・・・。ベリンダはよく僕に、「あなたはオールA取るのよ!」(日本で言うオール5)と言っていた。勉強はするなと言いながらも、低い点数だと不満そうで、何だかよく分からなかった。

11月3日(木)は僕の誕生日の3日前だった。プレゼントは何が欲しいかという話に始まり、色々と話した。その中で、僕が前年に日本で出場した英語弁論大会の原稿を見せた。一人っ子時代をテーマにした内容で、一人っ子だから甘やかされているという固定観念に対する反発心を書いたものだ。その中に、親の言うことを聞かなかった時は叩かれもした、と書いてあるのだが、その記述を読んだデニーは驚きを隠さなかった。
「叩くだなんて!もし自分がダラスにそんなことしたら・・・刑務所行きだよ・・・」
だったらベリンダはとっくに刑務所に行ってるだろうに。続いて、校長先生が書いた僕の推薦文を読んで、2人が目を丸くした。
「コウがユーモラス??・・・私たち、コウがユーモラスなことしたのなんて、見たことないわね!!!」
ベリンダが大騒ぎだった。

自分でもなんでこんなにも家にいると萎縮してしまうのか、分からなかった。でも、おとなしいことを指摘されればされるほど、僕は喋れなくなりそうだった。それにホストは気付かなかった。とはいえ、僕は何とか喋る努力をした。どんな小さな出来事も。食事中、「学校でこんなことがありました」とご報告申し上げれば、「あっそう」。ベリンダの気分が乗らなければそれで終わり。ダイニングのテーブルには居るなと言われていたので、僕は食後はホストと共に、いつもテレビを観るように心がけていた。喋らなければ・・・喋らなければ・・・テレビの内容について質問する。
「○○は△△なの?」
テレビ観賞に夢中なベリンダは上の空。「はん?」
ドラマを観ている時も、僕の頭の中は、ドラマの内容よりも「喋らなければ」という意識で一杯。
「□□は◇◇で、○○でしょ?」
「・・・」
ドラマに夢中のベリンダ、完全無視。僕の間も悪いが、喋ろうと思えばコレだ。

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