第25話
「ミルドレッドの嘘」

10月も下旬になった頃、ベリンダ宅での生活にも慣れてきた頃だったが、晴れ晴れとしない日々が続いていた。相変わらずホストには「おとなしい」「喋らない」と言われ続け、特に親しい友達がいるわけでもなく、悶々とした日々を送っていた。

ルイスヴィルのミルドレッドは、日本の両親の元に、電話料金の請求書を郵送していた。それを僕に転送してもらい愕然とした。コウは嘘をついていた、電話を使うことも何も言わずに長距離電話をしていた、そして私たちを踏みにじった云々、嘘八百もいいところ、とんでもない嘘が並べられていた。それを読んだベリンダも呆れ返っていた。更には、「電話料金を支払わない限り、ここに届いている日本からのエアメールはコウに転送しない」と記され、挙句の果てに自分が電話した分の明細を確認し計算すると、実際よりも多く請求されていた。
「早いうちに電話料金を支払ってしまいなさい、ただし正確な金額をね。それから、あなたの手紙を転送してくれるように、大きめの返信封筒に切手も貼って送った方がいいわ。あの人のことだから、またいじわるされるかも知れない」
とのベリンダの言葉に従った。僕はすぐに小切手を書き、返信用封筒も同封してベリンダに渡した。郵送料が通常料金でないのは明らかだったので、ベリンダが郵便局に行って出しておいてくれると言ってくれたのだ。しかし、忘れっぽいベリンダはなかなか郵便局に行ってくれていなかった。僕は早くミルドレッドと縁を切りたかった。払うものは払い、受け取るものは受け取ってすっきりしたかった。郵便局に行くついでに切手も頼んでおいた。自分で郵便局に行けないので、切手を何枚もまとめて欲しかったのだ。ある日、ベリンダに確認したら、
「今日行ってきたわ。車の中にあるから取ってきて」
と言われ、車に行ってみると、確かに郵便局から買ってきた切手はあったが、ミルドレッド宛ての封筒は、驚いたことにまだ出されていなかった。車の中にまだあったのだ。
「ベリンダ、ミルドレッド宛ての郵便は送ってくれたの?」
わざと訊いた。
「う、うん、送ったわよ。1ドル70セントだったわ。レシートもあるから後で渡すわね」
自分の忘れっぽさが恥ずかしくなったのだろうか、そんな嘘をついた。送ったのなら、なんで車の中に封筒があるんだよ!でも僕はそれ以上追求しなかった。

それからしばらく経ったある日、銀行で確認すると、僕が送った小切手をミルドレッドは受け取ってすぐに換金していたことが判明した。おかしいなと思った。換金してから大分経つのに、ミルドレッドからは手紙が一通も転送されてこなかった。ロレインに確認をとってもらうと、ミルドレッドは僕に届いた手紙は全て「捨てた」と言う。大嘘つきは僕ではなくミルドレッドであり、やり場のない怒りをどうすることも出来なかった。

話は前後するが、僕が車の中に切手を取りに行った後、ベリンダはいつものように大学に出かけた。すると1分もしないうちに戻ってきて、物凄い勢いでいきなり僕を怒鳴った。
「車の中に鍵があるっていうのに、あなたロックしたでしょ!学校に行けないじゃない!」
仕事から帰って来たベリンダはすぐに大学に行くので、鍵をつけっぱなしにしておいた。それを、僕はいつもの癖で内側からロックしてしまったのだ。
「あっ・・・!ごめんなさい!!!」
「ごめんじゃ済まないのよ!今日はテストがあるのよ、どうしてくれんのよ!」
結局、隣の家のシェリーに送ってもらうことになり、まるで別人のように機嫌が良くなった。確かに僕の不注意であったので、もう一度謝った。すると、「いいのいいの、いいのよ。シェリーが送ってくれることになったし。今度から気をつけてね」と笑顔で答えた。たったの数分のうちでこうも変わるものかと驚いたが、そのうち、そんなベリンダの気性にも慣れることになる。

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