第24話
「デイビッド」

アメリカの高校では秋に「ホームカミング」という恒例行事が催される。学校のグラウンドでフットボールの試合があり、町中の人たちがシーズン最後の試合を応援しに学校にやって来るのだ。これはお祭り騒ぎとなる。僕が通っていたキャス高校では10月下旬に行われた。僕自身、フットボール自体に興味はなかったのだが、アメリカ全土で行われるその行事に興味があり、また週末家に閉じこもっているのがイヤだったので、とにかく誰かと一緒に行きたいと思っていた。3日前になっても一緒に行く人を見つけられず焦っていたところ、ハンガリーから来ている留学生アンドレアがホストファミリーと一緒に行くというので、僕も一緒に連れて行ってもらうことになった。ベリンダにそのことを話したら、学校まで送ってくれると言う。

当日、グラウンドでアンドレアのホストファミリーと会った。ホストファーザーに挨拶をし、「日本から来ました」と言ったところで、斜め後ろに座っていた男が突然僕に話しかけてきた。
「日本の何処?」
日本の何処かと訊かれ、「山形です」と言って「ああ!ヤマガタか」と頷くアメリカ人はほぼ皆無である。なので僕はいつも「北の方」と答えていた。その時もご多分に漏れずそう答えると、「北って、北海道?」と訊かれた。北海道という地名が彼の口から出たことに驚き、もしやこの人は日本に精通しているのだろうか?と思い、「山形」という地名を出した。
「ヤマガタか・・・知らないな」
ほれやっぱり。
「少し日本語を話せるんだ」
おや?今度は僕が興味を持つ番だった。彼に隣に座るよう言われ、側に行った。

名前をデイビッドと言い29歳の青年だった。2年間、東京の大和証券でバスケットのコーチをしていたと言う。日本と日本人が大好きで、アメリカでも日本人の友達が欲しい、日本人留学生をホームステイさせたい、と日本にかなり熱狂しているようだった。
「日本では日本人にとても親切にされた。だから、アメリカで日本人にその恩返しをしたい」
奥さんとも日本で知り合ったという。デイビッドの電話番号を手渡され、明日の1時に電話をして欲しいと言われた。
「アトランタには日本食材店もあるし、いろんなところに一緒に行きたい」
まさかこんなところで、日本に関係していた人と会うとは思いもしなかった。しかも、アンドレアのホストファーザーと挨拶をしていなかったら、話しかけられることもなかったはずだ。不思議な縁があるのかな、なんて思った。

翌日電話をすると、デイビッドの諸々の予定が分かる金曜日に電話すると言われ、その日はそれで電話を切った。実際にデイビッドに再会出来たのは、ホームカミングで出会ってから2週間後の11月5日(土)、僕の誕生日前日だった。最初に家に行き、奥さんと会った。神経質そうな人だった。日本語を含め5つの言語を話せると言う(実際聞いたことはないが、果たしてどのくらいのレベルなのかは分からない。ほんの少し齧った程度でも「話せる」と豪語するアメリカ人は以外と多い)。子供はまだ1歳。奥さんは子供の面倒を見なければいけないので、挨拶だけして、僕とデイビッドは2人で出かけた。バスケットの試合があるということで、体育館に行った。見るだけかと思いきや、なんと彼が選手として出場することになっており、結局4時半に終了。それから髪を切りに行き、アジア食品店に行ったものの日本食はなかった。その次に韓国食材店に行くも、やはりない。アトランタの中心部まで行けば、日本食材の専門店も、日本の本屋まであるのに。でもデイビッドは知らないらしく、今度調べてくると言った。結局、その日はあきらめてモールで夕飯を食べることに。何だか計画性のない1日だった。

「来年のアトランタ・オリンピックにボランティア通訳で来たら?その時は家に泊まっていいよ」
「今度は日本食材の店に行こう」
「いつでも電話してよ」
いろんな提案をしてくれたが、結局、僕のアメリカ滞在中、デイビッドに会ったのはこの日が最後だった。この日以降も、こちらから電話したり、電話がきたりして、いついつ会おう、という約束はするのだが、当日になって「車が壊れて行けなくなった」とか、仕事が入ったとか、何かしら起こるものだから、会えなかった。神経質そうな奥さんが電話に出たある日は、
「デイビッドは今日、実家に行ってるわ。今電話して彼がいるかどうか分からないけど電話してみたら?じゃあね、グッドラック!」
と早口でまくしたて、一方的に切られた。そして奥さんのお腹の中には2人目の子供がいたのだが、流産してしまったとある時の電話で知らされた。

何度も約束して何度も会えず、それでもデイビッドは「本当にゴメン!でもあきらめないで!」と言った。日本人留学生をホームステイさせる為にベリンダとも電話で話したりしていたが、結局のところ、僕たちは電話だけの交流であったし、帰国の際も、そして帰国後も連絡は取っていない。

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