第21話
「ベリンダの気性」

ベリンダは怒りやすいが、その不機嫌がずっと続くということはない人だった。さっきまでデニーと大喧嘩していたかと思いきや、その夜は激しい声が聞こえてきたり・・・(デニーの声も聞こえた)。ある日はロレインから電話がかかってきて、驚いたことに「She was messy!(厄介者!)」と罵ったジュリアナと楽しそうに話していた。僕の目は丸くなった。
「そうなのよ〜!彼は凄くおとなしくて。何も話さないの! うん、うん・・・うん、そう、そうね、分かるわ〜」
仲良しの友達と話しているような雰囲気だった。でもベリンダは裏表がなく、分かりやすい性格と言えた。デニーは何を考えているのか分からないような表情をし、恐かった。

学校生活は順調だった。12年生から11年生になんとか変えてもらったし、念願のESL(English as a Second Language=外国人用の、第二言語としての英語)の授業を取ることも出来た。クラスメイトと喋って笑うこともよくあったし、数学にはキャスの留学生が勢ぞろいし(ブラジル男、ハンガリー女、ユーゴスラビア男、そして僕)、揃いも揃って高得点を取っていた。高校2年生にもなって、指を咥えながら方程式を必死に解いているアメリカ人の姿は滑稽に見えた。
「日本だったらこの授業、中学校1年で終わるけど、君の国は?」
「同じだよ〜。アメリカの数学って簡単すぎるね」
問題の意味さえ取り違えなければ、常に100点を取ることは不可能ではなかった。110点取ったこともある。

ある夜、WAL MART(スーパー)に写真を受け取りに行き、ついでにベリンダがダラスにジュースとポップコーンを買ってくるように告げた。すると、ダラスが買ってきたものはベリンダが言っていたものよりも大きなサイズだった。その間違いに、せっかく機嫌の良かったベリンダは、かなりご機嫌斜めになってしまった。そしてある夜は、一家でメキシコ料理店に行くことになり(この家は外食が多かった)、ベリンダが仕事先からトリーを迎えに行き、デニーが学校から帰って来た僕とダラスを乗せて、レストランで直接落ち合うことになっていたのだが、ベリンダが先に着いていて、僕たちが少し遅れたものだからちょっぴり機嫌が悪かった。更に、ダラスが家でサンドイッチを食べたことについて激怒し始めた。レストランで口論し、終わったと思ったら、ベリンダはデニーを無視し続けた。
「ダラスに言わないで、クリスタル(ダラスのベビーシッター)に言え!」
とデニーは言った。ごもっともだった。

クリスタルは近所に住んでいる10歳くらいの女の子で、放課後ダラスの面倒を見る為に我が家にやってきていた。クリスタルが来ない日は、必然的に僕が面倒を見ることになる。家にはパソコンが一台あり、僕は暇な時、ゲームをして遊んでいた。6歳のダラスは、やはり興味を持つ。すかさず僕をどかして自分がやろうとする。でもベリンダには「ダラスには絶対にパソコンを触らせないで!」ときつく言われていたので、後でトラブルになるのもイヤだし注意した。もしバレたら何が起こるのかは、ダラス本人が一番よく分かっていることだ。勿論、僕が言わなければ済むことだが、何がどのようにしてバレるのかは予想出来ないものだ。頑固なダラスに負けて、僕は諦めてステレオで音楽を聴き始めた。これはベリンダが買った大きなステレオだった。すると今度はステレオをいじりにやってきた。そろそろヤバイと思い、僕は何度も注意した。だが、僕の言うことを聞かずに、ダラスはステレオをいじり、その最中、バツの悪いことにベリンダが帰って来てしまった。ベリンダの顔色が変わるのがすぐに分かった。
「コウ!ダラスにステレオは触らせるなと言っておいたはずよね?なんで注意しないの?」
「注意しました・・・」
「ダラス!来なさい!自分の部屋に行きなさい!」
そしてまた始まった。ベルトで叩く音、ダラスがあげる悲鳴、ベリンダの怒鳴り声、ダラスの泣き声・・・。

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