第7話
「気分屋のミルドレッド」

ルイスヴィルに来て二度目の週末を迎えた9月3日(土)。この日は確か前日に、ピクニックに行くと言われていたのだ。朝9時に起きると、家にはオジーもミルドレッドも居なかったので、自分は置いていかれたのだと思いウキウキした。この一日、自由に時間を使えるのだ!・・・だが、店にいた。がっくり。そして午後、ピクニックに出かけた。が、2人と一緒ではなかった。僕は近くに住むシェイヴィスの車に乗せてもらって行った。シェイヴィスは僕よりもひとつ年下で、店を手伝っていた。オジーとミルドレッドがまるで息子のように可愛がっているのだという。彼は好青年だったが、笑顔を見せたことはあまりなかった。車の中でかけていたカーステレオは音量が大きすぎて、僕はあまり気分が良くなかった。そして大勢の人たちが集まったピクニックは退屈だった。

翌日、日曜日はホストと教会に行った。決して興味深いものではなかった。その土地の文化を知る為に、僕はホームステイをした時は必ずホストと教会に行ったが、キリスト教信者でもない僕がその場にいることは申し訳ない気がしていた。お祈りする、賛美歌を歌う、一連のことを周りに合わせてすることを心が拒んでいた。夕方4時からは、またもやハナー家とスミス家の食事会。皆、僕に声をかけてくれた。日本のことを何も知らない、ということに僕は驚いていた。同じくらい驚いたのは、ミルドレッドがとても優しかったこと。笑顔が絶えず、僕に「今度フロリダに連れて行くわね!」と言った。今日はとても機嫌がいいのだろう。こういう時、僕は救われた気持ちになる。やっぱり、この人は悪い人ではないのだ。時が経つにつれて、きっと僕たちは理解し合えるようになる。

月曜日は祭日で学校も休みだった。3連休だ。いつまで寝ていてもいい、とミルドレッドは昨晩僕に行ったくせに、10時半でノックされた。起きろという合図だ。手紙を書こうとダイニングルームに行くと(僕の部屋には机がなかったので、勉強をする時はダイニグルームを使えと言われていた)、不機嫌な顔で「外に出ろ」と言う。裏に住んでいるオジーの息子マッサーローズは「日本食を食べに行こう。ルイスヴィルにはないけど、オーガスタまで行けばあるだろう」と言っていたので、楽しみにしていたのに、結局行かなかった。ここの家の人たちはなんで言ったことを実行しないんだろう!

ふとおかしなことに気づいた。僕は郵便物を出すために郵便局に行きたかったのだが、ミルドレッドが代わりに出しておいてあげると言うので、お願いした。郵送料は日本まで5ドル80セントだと言う。でも実際は1ドル10セントもしない、ということがある人からの情報で分かった。5ドル80セントと言い張るミルドレッド。その後、日本にあらゆるものを郵送したりして料金にも詳しくなったが、後から考えても5ドル80セントというのは高すぎた。ミルドレッドにごまかされたのだ。郵送料のレシートも何もなかったのだから。

9月6日(火)、学校から帰って来たら、クローゼットにしまっておいたダンボールが、またもや勝手に出されていた。更に、そのダンボールの上に「キッチンに捨てなさい」というメモ書きが置いてあった。僕はミルドレッドに直接言いに行った。
「ダンボールのことですが、僕はこれを帰国する時に再利用したいんです。だから捨てたくありません」
「ダンボールなら店に沢山あるのよ。だから、このダンボールは捨てなさい」
そこまで指示される必要があるのかと思ったが、僕はミルドレッドの言うことに従い、日本のダンボールは捨てた。わざわざメモ書きにせず、言ってくれればいいのに。後に、ダンボールのみならず、引き出しに入れておいたお菓子や日本のカップラーメンなども出されるようになった。その時は「食べ物は部屋においておくと不衛生だから、台所に置いておきなさい」と言われた。

その日の夕方、僕は数学のテストで98点をとったのをホストに見せた(テストの答案用紙が返ってきたら必ず家族のサインが必要だったのだ)。すると、2人共喜んでピザを買ってくれた。次の日もミルドレッドは機嫌が良かった。

この頃、僕は自分に対する人の態度に物凄く過敏になっていた。日記を読み返すと、少し異常だ。ユニーシャは何か変、シェイヴィスとは全然話さない、マイケルは相変わらず(仲良く出来そうなのに、数学の時以外は挨拶さえしてくれない)、エリックとは今日初めて何も話さなかった、何かみんな変!!!・・・云々書かれている。僕は一緒に暮らしているホストファミリーへの不信感と嫌悪感から、心の拠り所を学校に求めた。友達が欲しかった。気持ちは焦るばかりだった。それによって、余計に周囲の態度に対して神経が過敏になってしまうのだ。

三度目の週末を迎えようとしていた9月9日(金)は、学校から帰って来ると誰からも手紙が届いておらず、がっくり肩を落とした。また明日から週末だ。恐ろしい週末だ。一体、何をして過ごせばいいのだ!暇すぎて、友達もおらず、孤独で・・・。明日からの2日間を思うと恐怖で、僕は泣いた。

その夜、「明日はサバナに行く」と知らされた。とりあえず家の中で暇な時間を潰さなくてはならないという恐怖からは解放されて、安心した。ミルドレッドは3週間目にして初めて僕を名前で呼んでくれた。でもやはり「クー」に近い発音だった。

もっと英語を話さなければならないのに、何だか出来ない。どうすればいいのか分からない。そんな葛藤が続いていた。

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