第84話
バターコーン・ラーメン

パリのオペラ座界隈は「日本人街」と言われる程に、日本のものが揃っていて、日本食レストランも数多い。店を選べば本格的な日本食を食べることが出来る。しかも、いろんなタイプのレストランがあり、一般的な和食レストランをはじめ、寿司屋、うなぎ専門店、焼肉レストラン、そば屋、庶民的な食堂風レストラン、そしてラーメン屋までもがある。だがしかし、高い。日本の2〜3倍はする。

無性にラーメンが食べたくなり、オペラ通りに繰り出した。アサミヤは、Tさんから「大阪」というラーメン屋が美味しいと聞いていると言う。僕はその店に入ったことはなかったのだが、目立つところにあったので、よく店の前を通ってはいた。更にアサミヤは、台湾人留学生も「大阪」のラーメンが美味しいと言っていた、と言うので、ならばそこに行ってみようと、いそいそと出かけた。

僕達は何を思ったのか、テラス席で食べた。パリの、しかも人通りの多い界隈で、それも外で「ラーメン」である。滑稽すぎやしないか?

美味しいと評判のラーメンを楽しみにしていたのだが、ところがどっこい、店員の態度は悪い、サービスも悪い、おまけに肝心のラーメンもひどくまずかった。誰だ、ここのラーメンが旨いと言ったヤツは!と腹を立てる僕達。そしてこんな時に限って、運悪く(?)、食べてる際中に後ろから声をかけられた。振り向くと、ブザンソンで一緒のムーコだった!
「何やってんの〜?」
・・・何って・・・ラーメン、すすってんの・・・。こんなテラス席で・・・。そしてムーコに念を押した。
「絶対にこの店に来ちゃダメだよ!すっごいマズイから!!」
とアドバイスがてら愚痴をこぼし、僕達は腹いせに、苦情のメモをテーブルに残して店を後にした。

※余談だが、この店、早々と潰れたそうである。そりゃそうだ。パリの日本食レストランは、現れては消え、消えては現れる激戦区なのだ。

7月25日(日)。どうにかリベンジを果たしたかった僕たちは、庶民的日本食食堂「きんたろう」に行った。そこの店員(ウェイトレス)の一人はフランス人のおばさんだった。肝っ玉母さんという感じで、元気のいい、ユニークな人だった。日本語は話せないが、メニューにあるものはすべて日本語で通せた。メニューだけは、日本人のようにスラスラと日本語で言えるようだった。なので、注文の際は日本語だけで通すことも出来た。

僕たちが座った直後、斜め後ろに3人の日本人観光客がやって来た。男1人、女1人、ニューハーフ1人だった。僕達は早々と注文を終え、雑談に講じていたのだが、次第に彼らの声に耳が奪われていった。注文が難航していたのだ。

ニューハーフの方が、肝っ玉母さん風のウェイトレスに一生懸命注文をしているのだが通じない。
「バァタコーンラァーメェン・・・バァタコーンラァーメェン・・・プリーズ!」
これをニューハーフの方が繰り返している。だが何度言っても、肝っ玉母さんは首をかしげるばかりだ。ニューハーフの方は、英語風に言っているつもりらしかった。最初の「バァ」のところにアクセントをつけて、それっぽく発音する。
「バァータコーーーンラーーーーメン!・・・バァータコーーーンラーーーーメン!」
いくら言っても通じない。そのやりとりを横目で見ながら、僕は、なぜ普通に「バターコーン・ラーメン」と言わないのか不思議に思っていた。日本語でも英語でもないその発音が通じるわけがない。しかも相手はフランス人だ。

そして数分が経過し、長い間、首をかしげていた肝っ玉母さんは、やっと水を得た魚のような顔をして、日本人と全く同じ発音でこう言った。
「あぁ!バターコーン・ラーメンね」

第85話につづく

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