第21話
ポールの枕詞

10月23日(金)。文学部の校舎に行き、英語の授業に参加してみたが、話す授業ではなく、講読色が強かったので、休憩時間に抜けた。話すのが中心の授業を探さなくては。CLAで英仏翻訳の授業に出てみるも、なかなか難しい。そしてやはり英語圏の人たちが多く、履修は見送った。

今日でお試し期間は終わり、来週から正式に登録した授業への参加となる。3のクラスは、言語コースと文学コースに分かれていて僕は迷わず言語コースを選択。1年後にディプロム(文学部2年次への編入資格)を取得したいと思っていたので、その為に必修科目が多くなり、思っていたよりも履修したい選択科目は取れなかった。金曜日は必修科目がなく、履修したい選択科目もなかったので、僕は金曜日授業なし。よって、週休3日となった。

夜7時、ストラスブールでも一緒だったヨウコさんと待ち合わせ、中華を食べに行った。相変わらずヨウコさんの話は面白い。肝心の料理はイマイチで、量も少なく不満だったが、楽しい夜を過ごせた。

帰宅するとポールの友達(フランス人)が来ていて、3人で少し雑談をした。
「どこに行ってきたの?」と、ポール。
「ヨウコと中華を食べて来た」
「おー!ヨウコと?ヨウコはいい人だよね〜」
ポールとヨウコさんは同じコース(フランス語教師向け)に居るので、いわばクラスメイトだ。ヨウコさんの話になる度に「ヨウコはいい人!」と言い、ヨウコさんとポールが僕の話になると、決まってポールは「コウはいい奴だ」と言っていたらしい。しばらく経つと、「最近、“コウはいい奴だ”っていうあの枕詞がなくなったわよ!」と、ヨウコさんが笑いながら言うようになった。

週末はのんびりと過ごした。土曜日はバスで郊外にある大型スーパー「グラン・カジノ」に行き、やっとこさ電気スタンドを買った。ついでに食料も買い、夕飯にブッフ・ブルギニョン(ブルゴーニュ風の牛肉赤ワイン煮込み)を作った。が、ルーを入れ過ぎて大失敗。しょっぱいったらありゃしない。赤ワインの栓を抜こうとしたら、コルク抜きがないことに今更気付き、近くのタバコ屋に買いに行ったのだが勿論そんなものは売っておらず愕然としていたら、店の人が「家にあるのを貸してあげるよ。必ず返してネ」と言ってくれたので、ありがたく好意に甘えさせてもらった。

日曜日はサマータイム終了日だった。1時間得した気分。夜、ポールとアパート契約書の件で対決。別に大した問題ではなかったのだが、興奮してきたポールが突然フランス語から英語に切り替えて話し出した。言っていることは分かるが、突然英語に切り替える必要などないではないか?
「Pourquoi tu parles en anglais?(なんで英語で話してんの?)」僕はフランス語で訊いた。
「I don't know.(分からない)」ポールはまた英語で答えた。
とにかく当時の僕は、フランスにおいてフランス語を話しているのに英語で返されることに抵抗を感じており、特にアメリカ人に英語で通されることが我慢ならなかった。ポールは別としても、母語である英語がどこでも通じると思い、ほんの挨拶言葉さえも英語で押し通す姿勢が好きではなかった。何の苦もなく話せる母語(僕にとっては日本語)で、僕が押し通したらどうなる?

翌日の夜、部屋で勉強していると、12時にポールが帰って来て、部屋をノックされた。
「寝てる?」
「寝てないよ」
こんな時間に何事かと思ったら、先週の金曜日、ヨウコさんと中華を食べに行った時の話だった。
「ヨウコから聞いたけど、君たちが食べた中華料理が美味しくなくて、しかも量が足りなかったらしいじゃん?そんなこと君は言わなかった!」
果たして、それがポールにとって一体何の問題になるのだろう?そんなことで咎められる理由がさっぱり分からなかった。確かに僕はそこまでポールには言わなかったが、逐一全部を報告する義務などあるか?

その後も何かと、僕とヨウコさんの言動に多少の隙間があるだけで「コウはそんなこと言ってなかった」「ヨウコはそんなこと言わなかった」と咎めていた。それらは全て、ポールには全く関わりのない話であるにもかかわらず。

「明日の夜は何してんの?」と訊かれたので、「友達と飲みに行く」と答えたら、「ビックリ!」と言い残し、ポールは自分の部屋に戻って行った。分からん奴だ・・・。

第22話につづく

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