第18話
授業開始

10月19日(月)から授業開始。と言っても、この1週間はお試し期間で、必修以外の選択科目の授業には自由に出て、その上で正式登録する科目を決める。普通の大学と同じ要領だ。初日だというのに、目覚まし時計が鳴らず、慌てて飛び起き、大急ぎで学校へ。無事何とか間に合った。

文法のクラスに行くと、隣に韓国人のミージャが座っていたので、僕はすかさず「歌手の桂銀淑(ケイ・ウンスク)知ってる?」と訊いた。すると、ニッコリしながら、
「勿論知ってるわよ!まぁ、韓国で売れてたのは大分前のことだけどね。でも日本で有名になってから、韓国でも再び有名になったの。歌うまいよね」
僕は小躍りし、今度CDを貸す約束をした。

「美術史」の授業に出てみたが、興味がないとやはりつまらない。美術史を勉強すると、美術館で絵画を観る時、より面白くなると聞いていたので、かなり意気込んで参加してはみたものの、元々絵画自体に興味がないのだ。ちょっとがっかり。

夜はロータリー例会に出席。クロードがいつものように車で迎えに来てくれた際、勉強机に置く為の電気スタンドを持って来てくれたのだが、ビックリする程デカイ。しかも、勉強用(机用)というよりも、間接証明のようなもの。これを用いて机に向かうと暗がりになる。元々、フランスの家庭では間接照明を多く使うようだが、一体フランス人の「明かり」の観念って何だろう?と思ってしまった。

クロードは例会の途中で帰らなくてはならず、僕は歩いて帰るように言われていたのだが、近所に住む人が送ってくれた。僕のアパートから3軒先に日本食レストラン「TOKYO」があるのだが、あそこはマズイ!と言っていた。僕はまだ行ったことがなかったが、経営をしているのはベトナム人で、日本食と言いつつもあれは日本食ではないと言う。この評価は、後に他のフランス人たちからもよく聞いたので、フランス人の食に対するこだわりを感じたものだ。僕を送ってくれた人は、妙に日本のことを話してくるので不思議に思っていたら、仕事で東京のみならず、北九州や高松などにも行ったことがあると言う。どうりで!

10月20日(火)。今日は目覚まし時計が鳴らず遅刻!どうやら日本から持って来た目覚まし時計は壊れているようだ。1時間目は作文の授業で、遅れて教室に入って行くと、声の大きい賑やかなオバサン先生だった。名前はビュッソン先生。背は小さく小太りで、大袈裟な物言いをする50代半ばの女性。ユニークに皮肉られ、とんでもない時に遅刻をしたものだと冷や汗をかいた。

授業の終わりに作文を書く。テーマは自由。あまり時間がなかったのだが、僕は何を書こうかと考えつつ、テーマが見つからずにいた。周囲はどんどん書き始めている。すると先生が目ざとく僕のところにやってきて、「あ〜!!まだ書いてないの?!早く書きなさーい!時間ないわよっ!!」と小うるさく言って去って行った。いちいちうるさいなぁ、と思いつつも、僕はなんとかテーマを決めて書き出した。書き出すと誰よりも速いのが僕の特徴だ。数分後、先生が僕のところを通りかかり、僕の作文の進行状況を見てビックリ仰天した。
「はぁ〜〜!!もうこんなに書いたの?!さっきは何にも書いてなかったのに、はっやいのねぇ〜!まるでTGV(超特急列車)だわねっ!!!」
この時点から、僕はビュッソン先生の大ファンになった。

オーラル(会話)の授業中、隣に座っていた香港人4人組と漢字による文通をしていた。日本語で曜日は「月火水木金土日」と書くと教えたら、「面白い!」と言って4人は必死に笑いを堪えていた。何気なく使っている単語だが、よくよく漢字を見直すと、確かに面白い。4人は日本食が大好きだということで、なんと僕のアパートから3軒先の、あの悪評高き日本食レストラン「TOKYO」に行き、あろうことか「美味しかった」と言う。後にも先にも、あのレストランを美味しいと言った人はいなかった。

帰宅するとポールが既に帰っていたので少し話した。突然「怒ってんの?」と訊いてくる。怒るも何も、怒る要素もないのに怒るワケがない。見掛けによらず繊細な精神の持ち主のようだ。逆にいちいち顔色を窺って「怒ってる?」だの訊かれると、あまり気分が良くない。週末は何をするのか訊かれたが、特に予定はなかった。でもポールと一緒にいるのも正直なところ気詰まりだ。続いて、話題は言語の話に移った。
「日本語は難しすぎるから、アメリカ人には絶対に習得出来ない。絶対無理!」
と、ポールが断言する。
「そんなことはない。日本語を完璧に話すアメリカ人だって沢山いるよ。無理なんてことはない」
「でもボクには絶対に無理だ」
人間の話す言葉なのだから、どの言語も“習得不可”なんて有り得ないことではないか?無理だと思うなら、別にやらなきゃいいだけの話。
「それから、今日初めてタイ語の文字を見たんだけど、あれはショック!!!絶対に無理」
僕は逆にポールの発言にショックを受けた。言語を学ぶ者が、この年齢になってそんなことを言うなんて・・・。アルファベットを用いる言語が、全言語の何パーセントだと思っているのだろうか?もしや、8〜9割だと思っているんではないだろね?

全く、同等な異文化交流の出来ない人だとプンプンしながら、僕は出かけた。ブザンソンのオペラ劇場でオーケストラのコンサートを聴きに行ったのだ。演目には僕が大好きなフィンランドの大作曲家シベリウスによる「フィンランディア」が含まれていたので、とても楽しみにしていた。が、期待した割にはイマイチだった。演奏が終わり、僕は帰ろうとホールを出たのだが、誰も帰ろうとしない。もしや、これは終演ではなく休憩?と思い、会場に戻ると案の定、休憩時間だった。そりゃそうだ。8時40分に開演したのに、9時半で終演するはずがない。

フランスのコンサートは、夜9時前後に始まるのが主流だ。食事を摂ってから、ゆっくりと鑑賞する。フランスは大人に合わせた国なのだ。日本の場合は、大抵6時半か7時が開演なので、ちょうど食事時。フランスとは逆で、日本は子供に合わせた国である、と誰かが言っていたのを思い出した。

第19話につづく

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